誰も見てない

「これを着て戦うのかあ……」


【ルーマニア ブカレスト ルーマニア軍本部】


「うう……なんだか恥ずかしいよ。このスカート、丈が短すぎない?」

「そんなことはないわ。とても似合ってる」

設備の整った撮影スタジオだった。

スタッフが忙しく準備をしている中。アスタロトイレアナの前で新品の戦闘服に身を包んでいるのは、頭からは髪のように豊かな毛が生え、蝙蝠によく似た顔を持ち、手には肉球があり、そして全身がふわふわの毛で覆われた女の子。体格だけなら十代後半の少女、と言ったところまで育った彼女はミカエルである。その足は腿まであるロングブーツで覆われ、ミニのスカートからは尻尾が伸びている。上半身は体にピッチリフィットした素材の服の上に装備をつけるためのハーネスと、そしてそれら全てを守るようにSF的なデザインの白い上着。頭に付けているのはヘッドセットである。最新のハイテクが投入された、ドラクル専用の対AI迷彩服であった。正確に言えばそのプロトタイプ。こう見えてもバイタル部は対物ライフルを阻止する防弾性能を備え、体にフィットする部分は摩擦によって刃を阻止するにも関わらず必要ならば容易く引き裂くことができる。生身での亜音速戦闘にも対応しているという。もっとも、まだ脳内に神格を持たないミカエルたちには使いこなせないが。

今日の所は試着とそして広報用の撮影である。

「とはいっても気になるなあ……」

尻尾をふりふりするミカエル。ドラクルに限らず知性強化動物の骨格は人間と異なるが、最大の違いはこの尻尾である。ズボンではなくロングブーツとミニスカートなのもこれを自由にするためだろう。ここまで大胆で近未来的なデザインを導入したものは他にあまり例はない。

ミカエルももうすぐ2歳になる。異性にどう見られるかというのも気になりだす年頃なのだった。

他にも着替えを終えたドラクルたちが更衣室から出てきている。

「大丈夫。その服で活動しているときはたぶん、巨神戦か少人数のグループでの作戦行動になるわ。人目に付くことはあまりないから」

「これで戦うのかあ」

「神格が生身で戦う状況は限られる。秘密行動中か、あるいは敵に追われている時」

「撃墜されて?」

「ええ。巨神戦で負けたからと言ってそれで終わるとは限らない。地球では撃墜される寸前の巨神から脱出する技法が発達しているから、特にね」

アスタロトもドラクルの教育係に就任するまで知らなかったことだが、人類製神格は巨神から脱出し、味方の勢力圏に戻るまでの一連の状況について非常に研究が進んでいる。眷属が安価な兵器であるのに対して、高価で替えが効かない知性強化動物を可能な限り生還させるための知恵であろう。現在の戦争で人類製神格の死者が極めて少ないのもこの辺が関係している。何でも遺伝子戦争期には三十八回も撃墜され、その都度生還してきた人類側神格がいたとかなんとか。ここまで行くと不死身と言っても過言ではない。恐らく現在でも両世界での最多被撃墜記録であろう。

もちろん、音速の三十倍で何百トンもある物体が飛び交うような戦場での話だ。いかに強化身体を持つ神格と言えども、生き延びるのは非常に困難である。そのための専用戦闘服。

「イレアナは撃墜されたこと、ある?」

「ないわ。何度もそうなりかけたけれども。今私が生き残っているのは運がよかったというだけ。覚えておいて。この世には想像を絶する猛者がいる。それもたくさん。

貴女たちに神格が組み込まれるまであと二か月。覚悟しておいて。訓練は厳しいわ」

「うん」

その時だった。撮影の準備が整った、とスタッフがアナウンスしたのは。

「さ。行ってらっしゃい」

「はあい」

スタッフの方へ向かっていくミカエル他ドラクルの子供たち。彼女らを、アスタロトは優しく見守っていた。




―――西暦二〇五四年六月。ドラクル級が完成する二か月前、実戦投入される二年前の出来事。

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