落雷と野火
「ちょうど乾季が終わって雨季が来たんだと思うよ。雷はその先ぶれ。年によっては草原を焼き尽くしてたかもしれないよ」
【
一雨来そうな天気だった。
「ついてるなあ」「降るなら早くふって欲しいよ」「もう水がないからなあ」
それぞれのっぽ・ちびすけ・まんまるの発言である。
乾燥した草原地帯。背の低い灌木がまばらに生え、ところどころでは密集した環境である。そこら中に出来ている塚は昆虫が作ったのだろうか。人間の背に匹敵する高さだ。
水を発見できずに引き返そうとしていた矢先のことであった。空に暗雲が立ち込めたのは。一行の水袋はすっかりからっぽだが、ひとまず水分は確保できそうだ。
「あの辺の茂みで今日は野営しよう」
特に木が密集したあたりに駆け込む一同。ロープを取り出し、木々の枝を一か所に集まるように結び付ける。重なり合った枝葉は優れた屋根として機能してくれるだろう。
「喉がからからだよ」
さすがのローザも疲労の色が濃い。いかに超人的な能力を持っていても、結局のところ知性強化動物は一個の生命体でしかない。そしてフォレッティは飲食不要なタイプの神格でもなかった。飢えや渇きはこの超生命体をも容赦なく苛むのだ。
鍋ややかん、木の器で雨水を受ければ喉の渇きを癒せるだろう。容器を手に今か今かと雨を待ち焦がれる子供たち。
「喉もだけど、おなかも空いたなあ」
まんまるの言葉に皆が笑う。
「食べる物はたくさんあるから大丈夫だよ。塚のシロアリは食べられるから」
「あれシロアリの塚かあ」
木々の下から草原を眺める一同。シロアリはこれまでの旅でも貴重なたんぱく源として役立ってきた。塚を壊してナイフを突っ込めば、巣を守るために中からシロアリの大群がナイフを攻撃してくるのである。そいつを舌で舐め取って嚥下すればよい。ローザ曰く「出来の悪い柑橘類」のような味がする。もっとも、これほど大量の塚がある草原など今までの旅では見た事がなかった。まんまるがシロアリの塚と分からなかったのも無理はない。
だが、まずは水だった。
と。そこで。
閃光が走った。しばらく間を空けて重低音も。
「……雷?」
顔を見合わせる一同。雨より先に雷が降ってきたか。だいぶ遠いから大丈夫ではあろうが。
そうこうしているうちに草が揺れ始め、次いで木々も同様に震え始める。風が出て来たのだ。
もはや空は分厚い雨雲に覆われ、太陽はすっかり隠れている。もう夜になったのかと見間違うほどの暗さである。
「やばくない?」
「まずい気がす―――」
轟音。
ちびすけの言葉を遮るように降り注いできたのは、雷。強烈な威力のそれは、ほんの数十メートル先に落下すると強烈な熱を発生させて消滅した。
乾燥した草が燃え上がる。それはたちまち威力を増し、周囲に飛び火していく。さほど時間をかけずにこちらに到達するであろうことは容易に想像がついた。
「―――逃げよう」
容器を手にしたまま、一同はその場から飛び出した。もちろん、落雷によって発生した野火とは反対方向に。
木々の合間を抜け、草原に飛び出そうとしたところで再び轟音。灌木の一本が縦に割け、真っ二つになって倒れていく。
それに驚いた一行はひっくり返ると、その場に伏せた。
「金物を捨てて!雷が落ちてくるよ!!体を低く!!」
ローザの叫びに皆が従う。鍋を投げ捨て、鉈を縛る紐を外し、頭を低くしたのである。
遠くから。近くから。幾度も閃光がきらめき、そのたびに轟音が響き渡った。近くからはパチパチという木が爆ぜる音がする。野火が迫っているのだ。
振り返れば、炎の舌が灌木の茂みを舐めとるように膨れ上がるところだった。どころか様々な小動物や鳥が飛び出している。
「ヤバイヤバイヤバイ……っ!逃げないと…!」
「雷に打たれるかもしれないよ!」
「このままじゃどっちにしろ火に巻かれて死ぬ。一か八かだ!」
皆が覚悟を決めた。膝立ちになる。そのまま飛び出そうとしたところで。
ぽつり。
突如として落ちて来た水滴に、のっぽが顔を上げた。
雨だった。皆が待ち望んだ恵みが、とうとう降り始めたのである。それは最初おずおずと。次第に威力を増していき、やがて強烈なスコールとなった。
たちまちのうちに鎮火していく野火。
「た……助かった?」
「まだ分からないよ。けど、このままじゃ風邪を引いちゃう」
「とりあえずあの木の下に行こう」
ちびすけが指し示したのは、最初に落雷で真っ二つとなった樹木。一同は命からがらその、真っ二つになって倒れた片割れの枝葉の下へと潜り込むといくらか枝を折り、臨時の屋根とする。
「……死ぬかと思った」
「ちょうど乾季が終わって雨季が来たんだと思うよ。雷はその先ぶれ。年によっては草原を焼き尽くしてたかもしれないよ」
「迷惑だなあ」
「でも自然界では必要だよ。火事には生き物の世代交代を促す仕事があるよ」
「そっかあ」
ローザの説明に納得する一同。
これも自然の営みの一部なのだと言われればそうするより他あるまい。
「シロアリの塚も火に耐えられるよ。ここにたくさんあるのはたぶんそれが理由」
「よくできてるんだなあ。生物って」
雨はますます威力を増していく。既にかなり濡れてしまった子供たちは、身を寄せ合って寒さに耐えた。
豪雨は、半日続いた。
雨が止んだ時、子供たちは皆が元気に生き延びていた。
―――西暦二〇五四年。神々による大規模反攻が開始される九カ月前、子供たちが旅を初めて二年目の出来事。
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