きよしこの夜

「今日は、聖夜。だから私は歌うんだよ」


樹海の惑星グ=ラス赤道よりやや南 大河流域】


「うう……冷えるなあ」

のっぽは沈んでいく太陽を見つめた。

周囲の気温は急激に低下していく。日照が減ったためだろうが、すぐそばに大河があるのも原因のひとつだろう。緩やかな流れの、途方もない大きさの河川である。より南から流れ、北東から海に流出しているらしい。

そのほとりが、野営地だった。

葦の生い茂る川沿い。まばらに生えている樹木の一本の近くに、その小屋は作られていた。小屋と言ってもしっかりしたものではない。拾ってきた枝を三脚にかみ合わせて支柱とし、そこへたくさんの枝を立てかけて円錐型の形にしたものである。鳥の巣と大して変わらない。防水性能に至っては皆無である。

そんなものでも、夜風や強い日差しから身を守る役には立つことを、子供たちは経験上知っていた。

「でも、河があって助かったよ。しばらくはこれに沿って進んで行ける」

「確かになあ。魚もいるし」

「いない川には全然いないからなー」

神々による環境回復事業は暖かい地域ほど進んでいるらしい。日照量が多く、生命の成長が早いせいもあるだろう。逆に子供たちが元々住んでいたような寒冷な地域では遅々として進んでいないようだった。

「そういえばみんなの村ってどんなところ?」

魚を燻製にしながら疑問を発したのはローザである。今日はたくさんとれたので保存食を作っているのだった。川沿いに進む利点は食料調達の容易さという点も含まれる。

「ものすごい北の山奥の谷間だよ。切り立った岩山に囲まれててさ。雪解け水が小川になって流れてるんだ。それを頼りにみんなで畑を耕して暮らしてる。木が足りないから家は石と泥で作るんだよ」

「さむそう」

「寒いねえ。あ。後近くに遺跡があったな。神々の」

「神々の?」

「うん。壊れた機械とかがあるんだ。おばちゃんが言うには水力発電所っていうものらしいよ。よくわからないけどとにかくでっかいんだ」

「発電所は、エネルギーを作る大きな装置だよ。魔女さんの館にもちっちゃいのがあったはずだよ。それを使っていろんな機械を動かすんだよ」

「へえ。そんな使い道があったんだ。凄いなあ」

子供たちは感心。昔大人に聞いた時はよくわからなかったので覚えていなかったが、旅を続けて様々なものを見聞きした今ならローザの言っていることの意味が分かったからである。

「ローザは物知りだなあ」

「なんとなく頭に浮かぶの」

「どんなところで育ったらこんなに物知りになるんだろうね」

ローザは、懐からロケットペンダントを取り出した。三人組と初めて出会った時から持っていたというそれ。中の写真にはローザともう一人、屈強な男性が写っている。魔女から聞いた保護者がこの人物だとするならば、アルベルト・デファント博士がその名のはずだ。

唐突に、幾つものビジョンが見えた。古い町並み。超近代的な軍艦。輝く海。天を舞う一角獣リオコルノドラゴーネたち。黒板の数式。響き渡る讃美歌。いつも通っていた小さな教会。自分と同様の姿を持つ姉妹たち。銀髪に眼鏡をかけた天才科学者。褐色の肌を持った炎の女神。サファイアブルーの翼持つ少女。そして、屈強な肉体を持つ壮年の男性。

「―――ローザ?」

ちびすけの声で、ローザは我に返った。

「大丈夫。ちょっとぼおっとしてただけ」

「ならいいんだけど……」

ちびすけは素直に引き下がった。

そんな仲間の様子に微笑むローザ。

「でも、少しだけ思い出したことがあるよ」

「そうなの?」

「うん」

頷くと、ローザは立ち上がったそのまま小屋の外に出て、胸を張る。

大きく息を吸い込んだ彼女は、体の奥底から声を絞り出した。

歌だった。

三人の知らない言語で歌われるのは、ゆったりとした、どこか温かみのあるメロディ。

それを、子供たちは静かに聞いていた。

やがて歌唱は終わり、ローザは一息をつく。

「多分今日くらいが、聖夜クリスマス・イヴだよ。何日かずれてるかもしれないけど」

「クリスマスイヴ?」

「そう。地球のお祭りの日。だからみんなで讃美歌を歌うの。今の歌はきよしこの夜っていうんだよ」

子供たちも名前だけは知っていた。地球で大々的に行われる、宗教行事のことを。

「たぶん昔の私は、こうしてお歌を歌っていたの。ちいさな教会で」

知性強化動物の少女は、天を見上げた。太陽が沈み、星々がきらめく広大な夜空を。

その姿は、神聖で冒し難いものにも思えた。

「ローザ。僕たちにもその歌、教えてくれる?」

「いいよ。みんなでクリスマスのお祝いをしよう」

雲ひとつない星空の下。きよしこの夜が響いていた。




―――西暦二〇五三年末、クリスマス・イブに。きよしこの夜の初演から二百三十五年目、子供たちがカルカラ市に到達する前年の出来事。

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