郵便受けいっぱいの年賀状
「うわ。年賀状がいっぱいですわ」
【日本国東京都千代田区 都築燈火家】
郵便受けを開いたフランは歓声を上げた。新年を祝う挨拶状。いわゆる年賀状の束が凄いことになっていたからである。
「あー。こりゃ凄いなあ。去年はまだそんなにたくさんじゃあなかった気がするけど」
後から出てきたのはエススである。この快活な女性はフランから受け取った束をざっと確認。
「しっかし、こういう風習ってなくならないもんだねえ」
「そうなんですの?」
「昔は衰退しつつあった。……気がする」
エスス・タラニスの双子は日本人だったことがほぼ確実視されているが、いまだにその正確な身元は分かっていない。もし日本人だったならば、門開通時に神戸にいた可能性は高いだろうが何しろ神戸は跡形もなく消滅してしまった。記録が残っていないのである。当人たちの記憶が曖昧なのも問題に拍車をかけていた。
「何せめんどくさいからねえ……電子メールでいいじゃん。ってなるし」
「あー。今は色々ありますものねえ」
室内に戻ると皆も起き出していた。こたつでテレビを見ている。いや、ひとり燈火だけ姿が見えない。代わりにキッチンでリズミカルな音がする。雑煮を作っているのだ。
「餅は何個にする?」
「じゃあ6個で」「私は2個」「3個で……」「4個でお願いします」「5個食べますわー!」
燈火の問いかけに五者五様の返答が飛んだ。都築家の雑煮は昆布で出汁をとり、醬油と酒で味付けをしたものに人参、鶏肉、大根、しいたけにほうれん草を丸餅とともに入れて煮たものである。味噌は使わない。一口に雑煮と言っても日本各地で無数のバリエーションがあり、地域ごとに全く別の料理と言ってもよいが、燈火が作るのはこのようなものだった。
答えると、フランとエススもこたつに入り込んだ。暖かく快適である。神格といえどもこたつには勝てなかった。
テレビでは新春番組をやっているところ。それもちょうど年賀状についての話をしていた。何でも遺伝子戦争後に急速に復権したらしい。生存確認とそして電気を使わない通信であるということが重要なようだった。通信網が寸断されたり停電が起きていても届いて見られるというわけだ。ちなみに現在は神々の世界にいても年賀状が届く。さすがにかなり制限はあるらしいが。あちらの自衛官のために戦地からネットワーク経由で年賀状の送付を発注するサービスもあるらしい。
「なるほどなあ」
疑問が解消してすっきり。という顔のエススは、年賀状の仕分けをしながらうんうんと頷いていた。送るべき相手もこの一年あまりでずいぶんと増えている。それにふさわしい量であろう。
そうこうしている間にも、テレビは日本各地の様子や世界のニュースについて流し始める。
平和だった。まるで戦争などないかのように。
実際には一万の知性強化動物と、五百万人の兵力が神々の世界にいるのだ。
「ま、こういう行事は必要よ。私たちだって向こうにいる間も出来る限りはずっと色々やってきたし。心が折れないようにね。それと一緒」
「そんなものですかしら…」
「そりゃそうよ。維持できる限りはやり続けた方がいいに決まってるし。戦争だからって自粛したらその分働いてる人の仕事がなくなっちゃう。そうしたら、本来は自分の面倒を見れる人が他の助けを必要になっちゃう。それを思えば、戦争だからってやり方を無理に変えない方がいいの。それが一見無駄に見える仕事でもね」
「そういう考えもあるんですのね……」
フランは分別された中から自分の年賀状を取り出した。学校の友人たちからのものが多い。
「さ。そろそろ年賀状しまって。お雑煮が来るよ」
「はあい」
エススの言う通り、燈火お手製の雑煮はすぐに出来上がった。
新年のあいさつを交わし、皆がそれに舌鼓を打った。今年もよい一年になりそうだ、とフランには思えた。
―――西暦二〇五四年元旦。神々の大反攻が行われる年、樹海大戦がはじまって二年目の出来事。
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