取り返しのつかぬ事態

「準備に費やせるのは、長くても後一年。それ以上は取り返しのつかぬ事態を引き起こすだろう」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


「人類製神格ですか」

「その通りだ。我々の手にした情報では、実戦投入できるようになるまで四年。とはいえ緒戦では二年目の時点で投入された例がいくつかある。それを考慮すれば、門開通から最短二年以内には敵の神格。そのうちの、現在確認されている限りで最新鋭の機種が大量に投入される可能性がある。人類はその生産数を大幅に引き上げているらしい。そうなれば我々のこの一年余りの苦労は水泡と化すだろう。大量に建造した眷属が、それをさらに上回る戦力に迎撃されるのだ」

雲海を背にする執務室でのことだった。

この空間で、ソ・ウルナは十一枚の映像と対峙していた。いずれも権勢を誇る大神たちである。この惑星を実質的に支配する力を持つ者たちと言ってよかった。

「現状の人類製神格は、少なくとも巨神の構造については我々のものと大差ない。その制御システムである肉体。知性強化動物と人類は呼称しているらしいが、その機能によって著しい性能向上に成功しているとはいえ。だから高性能ではあっても基本的に我々の神格の発展型でしかない。眷属を多数ぶつければ撃破すること自体は可能だ」

「故に神格が十分な数になった段階で一気に奴らを押しつぶす。というのが我々の戦略の基本骨子となります」

「人類の神格以外の兵器については我々と同程度の水準にとどまっている。遺伝子戦争の戦訓を取り入れ、より実践的になっているにしても。神格戦力さえ何とか出来れば我々は、人類の十倍以上の人口がある。その生産力と兵力で叩き潰すこともできよう」

までにどれだけ眷属を用意できます?」

「最大限楽観的に見積もって二十四万。実際には本番までに相当数がすり減らされることとなろう。人類の攻勢を遅滞させるにはやむを得ぬコストだ」

「現状、作ったそばから破壊されていますからな」

「それだけの数となれば肉体の確保も問題となります。既に惑星全土から徴収を強化していますが、二十万以上の若く健康なヒトを集めるのは後々にも影響が出るでしょう。多少状態の悪いものも使わざるを得ないかと」

「確かにな。だがそうなれば戦闘力にも影響が出るのではないか?」

「それこそやむを得ないでしょう。我々の神格の敵に対して優位な点は安価でかつ素早く建造できるということだけです。性能を多少犠牲にしてでも、とにかく数が必要です。人類製神格の製造コストは我々のものの十倍以上と推測されていますが、それですら現状の戦力比では釣り合いません。ましてや今後その差はさらに開いていくのです。我々が敵の知性強化動物を模倣するには時間も余裕もない。何としてでも門を閉じ、仕切り直さねば」

「人類は神格の実用化にあたって社会構造自体を改造したらしい。同様のことを我らがやるならば、門を閉じることは最低条件だ。現状ではまとまるものもまとまらぬ」

大神の一柱が発した言葉に幾つもの賛同の声が上がる。人類に押し込まれた現状では、講和を考える者たちも一定数出始めているからだった。ひとまず大々的な勝利が必要なのだ。それがたとえ実効性の薄い勝利であったとしても。

もちろんそんなことは、この場の大神たち全員が理解していたが。

この後も会議は進行し、必要な取り決めを終えた時点で解散。終了となった。




―――西暦二〇五三年。樹海大戦がはじまった翌年、人類に対する大規模な反攻作戦が行われる前年の出来事。

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