夜空を裂く蝙蝠
「私たち蝙蝠なのに、蝙蝠とあんまり似てないね」
【ルーマニア トランシルヴァニア地方シビウ県 要塞聖堂近辺】
「見て。蝙蝠」
夜空を見上げ、ミカエルは指さした。
「あら。本当ね」
「外で飛んでるの初めて見た」
ミカエルの発言に
聖堂前に集合してわいわいやっているのは思い思いのコスチュームを身に着けた知性強化動物の子供たち。彼女らはこれから村を練り歩くのだ。他の村の子供たちのように。
ルーマニアではこのほかにもオペラが開幕するシーズンだったり、聖パラスキーパーのお祭りがあったり、各地でビール祭りが繰り広げられたりとイベントで盛沢山の季節だ。
「私たち、蝙蝠とあんまり似てないね」
「そう?」
「飛べないもん。それに音で回りを探ったりもできないよ。なんで私たち、蝙蝠なのかな」
「免疫機能が優れてるから。って聞いたわ」
「そうなの?」
「ええ」
アスタロトが受けたレクチャーの範囲では、ドラクルのベースに蝙蝠が選ばれたのはその優れた免疫機能に由来するという。蝙蝠は長生きし、がんになることはなく、狂犬病やエボラウィルスに感染しても病気にならない。ホオヒゲコウモリ属のテロメアは、加齢によって縮小しない。人間の子供よりも脆い面を持つ幼少期の知性強化動物が生き延びやすくするための工夫なのだった。知性強化動物のベースとなる生物種は多岐に渡るが、いずれも何らかの優れた利点を備えている。いかにその構造を変更し、様々な機能を付加するとはいえ、元々の特性は色濃く残る。後は設計者が何を重視するかだった。
今の戦争が始まる以前に設計が開始されていたドラクルは、バルカン半島諸国が総力を結集して作り上げた機種だ。それは過去、火薬庫とまで言われたこの地域の現在の結束の象徴でもある。
それゆえの蝙蝠。無事に成長する事を願ってのものなのだった。
「そろそろみんな揃ったかしら」
「いるかなあ」
いつの間にかあたりはすっかり暗い。そんな中、保護者に手を引かれたドラクルたちが、聖堂前に集合していた。
「揃ったみたいね」
「そうだね。じゃあ行ってくる!」
ミカエルは周囲を一瞥すると、自らの保護者目掛けて走っていく。その様子を、アスタロトは笑みを浮かべながら眺めていた。
今宵は村中で私服の軍や警察の関係者たちが目を光らせている。子供たちは安心して楽しむことができるだろう。
ドラクルたちが戦場に出るまであと3年間。せめてそれまでの間だけでもこんな日々が続けばいい。
アスタロトはそんなことを思う。
この子たちが成人を迎えるころには、神々の大攻勢が起こるだろう。そう、アスタロトは予想していた。神々は戦線を後退させながらも力を蓄えているように見える。浸透したエージェントの報告もそれを裏付けている。恐らく眷属の大量生産と訓練を重点的に行っているはずだ。来年の後半には十万を超す眷属と、国連軍は激突するのだ。
対する知性強化動物は、成人まで2年。そこからさらに訓練で2年の歳月が必要だ。現在戦線に投入されているのは一万あまり。地球全体を見回しても四万しか存在せず、そしてその数を簡単には増やせはしない。
戦いは激しさを増していくだろう。ドラクルたちはそんな中に身を投じる事となるだろう。
アスタロトはただ、祈った。聖堂に向けて。この建造物が象徴する存在に対して。
子供たちの楽しそうな声が、村中に響いていた。
―――西暦二〇五三年十月。神々の大規模な反攻作戦が開始される前年、ドラクルが実戦投入される三年前の出来事。
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