夜空を裂く蝙蝠

「私たち蝙蝠なのに、蝙蝠とあんまり似てないね」


【ルーマニア トランシルヴァニア地方シビウ県 要塞聖堂近辺】


「見て。蝙蝠」

夜空を見上げ、ミカエルは指さした。

「あら。本当ね」

「外で飛んでるの初めて見た」

ミカエルの発言にアスタロトイレアナは微笑んだ。ミカエルたちドラクルの子供はまだ1歳と2か月ほど。夜に外に出すことはめったにないから見た事がなくても当然であろう。それも今夜は例外であったが。

聖堂前に集合してわいわいやっているのは思い思いのコスチュームを身に着けた知性強化動物の子供たち。彼女らはこれから村を練り歩くのだ。他の村の子供たちのように。

万聖節ハロウィーンである。アスタロトが記憶している限り、かつてのルーマニアでは大々的なイベントではなかったのだが、「ハロウィンと言えばドラキュラ。ドラキュラと言えばルーマニア」という理屈でいつの頃からか大変な賑わいとなったらしい。ちなみに小竜公ドラキュラ竜公ドラクルの子という意味合いであって元々は吸血鬼を意味する語ではない。キリスト教的には竜には悪魔の意も含まれることから、悪魔公と言ったニュアンスは含まれるが。血をすするモンスターとしてのドラキュラ像はおおむねアイルランド人の小説家ブラム・ストーカーに責任がある。だからと言ってドラキュラのコスプレをドラクルがするのはどうなんだろう。などと、ミカエルの仮装を見たアスタロトは思ったりしている。

ルーマニアではこのほかにもオペラが開幕するシーズンだったり、聖パラスキーパーのお祭りがあったり、各地でビール祭りが繰り広げられたりとイベントで盛沢山の季節だ。

「私たち、蝙蝠とあんまり似てないね」

「そう?」

「飛べないもん。それに音で回りを探ったりもできないよ。なんで私たち、蝙蝠なのかな」

「免疫機能が優れてるから。って聞いたわ」

「そうなの?」

「ええ」

アスタロトが受けたレクチャーの範囲では、ドラクルのベースに蝙蝠が選ばれたのはその優れた免疫機能に由来するという。蝙蝠は長生きし、がんになることはなく、狂犬病やエボラウィルスに感染しても病気にならない。ホオヒゲコウモリ属のテロメアは、加齢によって縮小しない。人間の子供よりも脆い面を持つ幼少期の知性強化動物が生き延びやすくするための工夫なのだった。知性強化動物のベースとなる生物種は多岐に渡るが、いずれも何らかの優れた利点を備えている。いかにその構造を変更し、様々な機能を付加するとはいえ、元々の特性は色濃く残る。後は設計者が何を重視するかだった。

今の戦争が始まる以前に設計が開始されていたドラクルは、バルカン半島諸国が総力を結集して作り上げた機種だ。それは過去、火薬庫とまで言われたこの地域の現在の結束の象徴でもある。

それゆえの蝙蝠。無事に成長する事を願ってのものなのだった。

「そろそろみんな揃ったかしら」

「いるかなあ」

いつの間にかあたりはすっかり暗い。そんな中、保護者に手を引かれたドラクルたちが、聖堂前に集合していた。

「揃ったみたいね」

「そうだね。じゃあ行ってくる!」

ミカエルは周囲を一瞥すると、自らの保護者目掛けて走っていく。その様子を、アスタロトは笑みを浮かべながら眺めていた。

今宵は村中で私服の軍や警察の関係者たちが目を光らせている。子供たちは安心して楽しむことができるだろう。

ドラクルたちが戦場に出るまであと3年間。せめてそれまでの間だけでもこんな日々が続けばいい。

アスタロトはそんなことを思う。

この子たちが成人を迎えるころには、神々の大攻勢が起こるだろう。そう、アスタロトは予想していた。神々は戦線を後退させながらも力を蓄えているように見える。浸透したエージェントの報告もそれを裏付けている。恐らく眷属の大量生産と訓練を重点的に行っているはずだ。来年の後半には十万を超す眷属と、国連軍は激突するのだ。

対する知性強化動物は、成人まで2年。そこからさらに訓練で2年の歳月が必要だ。現在戦線に投入されているのは一万あまり。地球全体を見回しても四万しか存在せず、そしてその数を簡単には増やせはしない。

戦いは激しさを増していくだろう。ドラクルたちはそんな中に身を投じる事となるだろう。

アスタロトはただ、祈った。聖堂に向けて。この建造物が象徴する存在に対して。

子供たちの楽しそうな声が、村中に響いていた。





―――西暦二〇五三年十月。神々の大規模な反攻作戦が開始される前年、ドラクルが実戦投入される三年前の出来事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る