よくある出来事

「―――ほんとに入っちまいやがったか。このニュース、地球中の同胞が知るだろうな」


【イギリス コッツウォルズ地方 捕虜収容所集会所】


コ=ツィオは、テレビを見上げながら呟いた。

夕刻の集会所でのことである。

ニュースに映っているのはヒトの士官学校で今日行われた、宣誓式の様子。軍服を身に着けた若者たちの姿を、収容所の捕虜たちは見守っていたのである。より正確に言えばそのうちの一名を。

グ=ラス。異種族の中にひとり混じる若者は、その鳥相を除けば人間そのものの振る舞いをしているように見えた。

もっともテレビがよく見える位置で、両親はその様子を見守っている。

「まあ、そうじゃろうなあ。人間たちにしてみれば、わしらにショックを与えるまたとない機会じゃろうて」

「実際問題として打ちのめされるどころじゃすまないだろ、これは。笑ってる場合じゃねえぞ爺さん」

「おや。笑っておったか?」

コ=ツィオの横でテレビを見ていた老人は、人好きのする笑みをこちらに向けている。その表情からは深刻に受け取っている様子は見受けられない。

「じゃが、まあこんなものは地球の歴史上よくあることじゃよ。大規模な二つの勢力のぶつかり合いではなあ。第442連隊戦闘団。インド国民軍。マルクス・ユニウス・ブルトゥスもか。敵対する勢力へ移ることは我々の世界でも無数に事例があろう?今回は初めて、異なる二つの種族の間でそれが起きたというだけのことじゃよ。いや、あの子の場合は裏切りや寝返り行為とすらいえんじゃろうて。何しろ最初から我々の種族に属しておらんのじゃからな。わしらとあの子の間の繋がりは血統などという時代遅れなものだけじゃよ」

「すべての捕虜があんたみたいなら、俺もこんな心配をせずに済んだんだがな」

「ま、他所の連中がどう思うかはわしも想像はつくがな。それこそあの子の勝手じゃろう」

「あいつが同胞を殺してもか?」

「同胞殺しなど遺伝子戦争以前から毎日のように起こっておったじゃろうが。せいぜい眉をひそめる凶悪犯罪、でしかない。ニュースでそれを見たとて次の瞬間にはもう興味は別の話題に移っておるわ。あの子がそれをやったところで、ことさらに騒ぎ立てる必要がどこにある。ましてや戦争じゃぞ」

「……俺はあんたみたいに達観できねえよ」

「まあ、わしは元から兵士じゃったからな。遺伝子戦争どころか地球なんてもんが発見もされておらんころからの。同族殺しなぞ飽きるほどやってきた。そのせいじゃろうて。だから真似できんでも気にする必要はないぞ」

「爺さん……」

「もう銃なぞ持てんがな。戦争で肩をやられた。今は毎日与えられた仕事を片付けるだけで手一杯のただのジジイじゃ。

さて。わしはそろそろ戻るとするよ。見るべきもんは見たしの」

言われてみれば、ニュースはいつの間にか別の話題に移っていた。ニューヨークの株価。伝統の祭り。国際会議。火事。そして戦争。日常が、そこにはあった。

コ=ツィオが振り返った時にはもう、老人は集会所を後にしていた。




―――西暦二〇五三年。初めて神々の子息が人類の士官学校に入った日。神王ソ・ウルナと地球生まれの神とが出会う四年前の出来事。

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