話の分かる船頭

「―――あれ、ひょっとして空中都市?」


樹海の惑星グ=ラス赤道付近】


葦が生い茂っていた。

考えない方の葦である。つまり地球由来の植物であるところのそれらは、膝よりやや上。水深一メートルほどの深さの広大な淡水湖に大量に伸びていた。

上空には照り付ける太陽。凄まじい日照は水分をすべて蒸発させてしまうのではないかという威力である。さすがは赤道も近い地点と言ったところか。

そして、遥か西の方にうっすらと見える、円盤状の途方もなく巨大な構造物があった。

「―――あれ、ひょっとして空中都市?」

「おう。そうだよ。お前さんたち、ひょっとして見るのは初めてか」

のっぽの言葉に答えたのは屈強な男。頭にターバンを巻き、ズボンは膝下までの長さに裸足である。その両脚が踏みしめているのは、一行が乗る舟だった。葦舟であり、彼はその船頭だった。

「うん。凄いね」

「全くだ。だがあれのおかげで連中が神でも何でもなく、高度なテクノロジーを持ったエイリアンだってーのがわかる」

「どうして?」

「上になんか細い線みたいなのが見えるだろ?ありゃあ上から都市を吊り下げてる釣り糸テザーだよ。あのずっと先にはでっかい重しが括り付けられてんのさ。惑星は自転してるからな。物を振り回すと引っ張られるだろ?あの力を応用して空中でちょうど、バランスを取ってるんだ。まあ凄い技術には違いないが凄いだけだな」

葦の間を、舟はゆっくり進んでいる。船頭が棒で水底を押すことで進むのだ。葦を束ねて形を整えただけの船体は驚くべき性能を発揮し、のっぽ・まんまる・ちびすけ+ローザに船頭まで含む乗員の重量を支えていた。何でも牛を運ぶこともあるとか。

「おじさん、よくそんなこと分かるね」

「これでも昔はSF小説を読み漁ったもんだからなあ。ウェルズやアシモフ。ハインライン。ホーガン。スティーブン・バクスター。また読みてえなあ。こっちの世界に連れてこられた時も連中は他所の星だか宇宙だかから来たエイリアンに違いないってずっと言い募ってきたんだが、去年までだーれも信じやがらなかった。国連軍が来てくれてようやくみんな信じてくれたんだぜ」

「おじさんが凄い人なのはわかったよ」

「ははは。褒めるなよ。照れるぜ」

「でもそこまで分かってるならなんで国連軍の所まで行かないの?元気そうに見えるけど」

「行きてえのはやまやまなんだけどな。おふくろが動けねえんだよ。旅ができねえんだ。もういい加減年だからな。国連軍の方が近くまで来てくれるのを待つしかねえのさ。うちの村は旅ができる奴を何組かもう、送り出した。全員じゃねえけどな。リスク分散って奴だ」

「うちの村とおんなじだ……」

「なんだい。やっぱりお前さんたちも国連軍目当てか」

「うん」

もう一年以上旅をしている。とまんまるが補足すると、船頭は感嘆のため息をついた。

「よくぞ無事でここまでこれたもんだ」

「……無事でもなかった。何度も死にかけたし、いろんな人に助けられた。神々に追いかけられたこともあるよ」

「そうか」

のっぽは今までの旅路を思い出した。ローザを拾うまでの所でも冒険だったし、その直後。泊めてくれた遊牧民の男が体を張って守ってくれなければみんな死んでいたかもしれない。神々に追われ、魔女に助けられてからももう二か月になる。大陸の最南端からこちらへと海を渡り、一行はようやくここまでたどり着いたのである。

その過酷さを思えば、この惑星上の全ての人々が旅をするなど不可能だろう。多くは自らの土地で国連軍の救助を待つしかないのだ。

「ま。今日の所はうちの村でしっかり休んで行けばいい。さっき言ったような理由で人のいない家も何軒もあるからな」

「助かります」

そうこうしているうち、前方。葦に覆われていた視界が広がった。

見えてきたのはなだらかな山を中心とする島である。その麓に多数の牛と、数十戸の家屋が見えた。家は―――草で出来ているのだろうか?

「このへんは木材がないからな。葦を束ねて柱にして、屋根も葦を使ってる。燃料は牛のふんだよ。牛に食わせてるのも葦だしな。子供がおやつにしゃぶってるのも、この葦舟だってそうだ。

さ。もうすぐ着くぞ」

船頭の言葉通り、やがて船は岸に到着。一行は上陸を果たした。




―――西暦二〇五三年。子供たちが国連軍の勢力圏内に到着する前年、樹海大戦終結の十四年前の出来事。

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