木がもたらす限界
「神々は何でも低コストで済ませようとする性質がある。大抵の場面でそれは正しい。大抵の場面では」
【埼玉県防衛医科大学校 講義室】
「人口の増加を支えるために不可欠なものがふたつある。エネルギーと食料だ。この二つは産業革命以前は土地の面積とその生物資源の密度に比例していた。人類文明は火を使い始めた瞬間から、生物をエネルギー源として様々な用途に用いることが可能となった。木を燃やしていたわけだな。こいつは暖房。調理。木工から製鉄まであらゆる分野で利用されてきた。人類の歴史は火の歴史と言っていい。
そしてこれが、向こうの世界。神々が
燈火は教壇から講義室内を見回した。席についているのは制服を着込んだ屈強な若者たち。人間ではない。少なくとも、生物学的には。暗灰色の肌を持つ、爬虫類と人間のあいの子のような風貌の知性強化動物である。恐ろしげな姿だが醜くはない。実際に会話をしてみると、ごく純朴な気のいい若者たちだ。
成人したばかりの"G"級の青年たちを相手に燈火は語る。
「あちらで残っている原住高等生物は基本的に神々と樹木だけだ。そしてこの木々もいずれは絶滅してしまう。その最後の効率的な利用法を神々は思いついた。人間を放牧するにあたって、先ほど述べた問題が立ちはだかってくる。エネルギーと食料だな。樹海の木々はこの二つに必要な資源を提供するというわけだよ。
だからあちらにおける人類の集落は基本的に樹海のほとりにある。木々をすべて切り倒してしまっても問題はない。開いた土地には新たに地球の樹木を植えればいいからね。木の成長は遅いが、はっきり言ってしまえばこいつも大した問題じゃあない。四千平方メートルの森林があれば年間一トンの木材を生産できる。切り株から
このような講義は燈火の新しい日常の一部だ。燈火自身は人間が語るより資料の方が正確さで勝るという考えだが、請われればこのような授業を行うのもやぶさかではない。
「集落が小さく点在していることは、技術や知識の共有を難しくさせる側面もあった。神々について。科学技術。その他あらゆる物事に関する知識が失われていくというわけさ。これ以上の規模の集落を作るのも不可能じゃあないが、それは河川や海の近くに限られる。樹木は運ぶのが難しい。こいつを運ぶのに必要な大きさに切り分けるより、人間が移動する方がはるかに簡単だからね。このあたりのバランスを取ることで、人類を支配することができる。と神々は考えていたようだ。現実的に一億もの人々を管理するには他に手がなかったというのもあるが。神々は自然環境にコストを丸投げしたんだよ。
人類の居留地は大陸沿岸や河川流域の、それも森林と隣接している場所に集中している。それ以外の土地の人口密度は少ない傾向にある。
その結果が、今だ。この事実を理解しておくことは、君たちにとって役立つことだろう」
語り終え、燈火は一息をついた。
質疑応答し、そして彼は退室していった。
―――西暦二〇五三年。神々が人類に対する支配を開始してから三十七年、すべての人類が神々から解放される十四年前の出来事。
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