手合わせ
「世界は広い。幾ら技を極めたと思っても、恐るべき強者に巡り合う」
【タジキスタン ハーブ・メイドン演習場】
奇妙な緊張感に包まれていた。
荒野の一角。丘陵を取り囲んでいるのは様々な国籍の兵士たち。思い思いの場所をとった彼らは、面白そうな表情で中心。そこに立っているふたりの女性に視線を向けている。
対峙しているのは、美しい少女たちだった。一人は十代前半。もう一人は十代後半と言ったところであろうか。どちらも身体強化者用の戦闘服を身にまとっている。高速戦闘にも対応したモデルである。
深く目を閉じた年少の少女は
「どうもギャラリーが多く集まってしまいましたね。どうします。場所を移しますか?」
「いえ。大して気にしてはいません。それにあまり時間もありませんし」
「そうですか。ならばこのままで」
両者は身構えた。緊迫が場を支配する。
張り詰めた空気が限界を迎える瞬間。アスタロトは、踏み込んだ。
一歩。二歩目で音速に届き、そして両腕が相手を挟み込むような動きと共に三歩目。
対するサラ・チェンは、後ろ足の踵をわずかに浮かせた。
激突。
爆発が起こった。少なくともギャラリーにはそう見えた。
「―――お見事。今のを一歩も下がらず受け止めた。いや、衝撃を大地に逃がしましたか」
「恐ろしい威力です。最新型の戦車でも一撃で消し飛ぶことでしょう」
挟み込むように放たれたアスタロトの双撃を、サラ・チェンは受け流したのである。激突の瞬間、踵の足踏みによって威力を大地に流すことで。逃げ場がないと悟ったが故の行動であった。
次に起こったことは、周囲の見物人たちの大部分には理解不能だった。互いの両腕を解放したふたりが、繰り広げた超接近戦。絡み合い、掴み、外し、抜け出し、そして相手を破壊せんとする超絶的な技巧と威力のぶつかり合いが秒の間に百も交差したなどということは。
決着がつかず、間合いを取る両者。
「世界は広い。幾ら技を極めたと思っても、恐るべき強者に巡り合う」
「同感です」
アスタロトは虚空に手を伸ばすと、漆黒の槍を掴み出した。対するサラ・チェンも翠の剣を召喚。得物を手にしたふたりの姿に、周囲の見物人たちも感嘆のため息をつく。それは、あまりにも隙のない見事な構えであったから。
次に踏み込んだのはサラ・チェンの側だった。亜音速にまで加速した彼女は、強烈な刺突を右手の剣より繰り出したのである。それは槍に激突。火花を散らしながら交差していく。その間にも左手は小刻みな動作に余念がない。この速度域ではほんの少しの動作が、大気から巨大な抗力と揚力を引き出すのだ。左手を中心として全身を空力舵と化したサラ・チェンの動きの精妙さに、アスタロトも負けてはいない。
交差したふたりが互いに向き合い、武装を振りかぶり、そして真正面から激突するまでの流れはまるで舞のようだった。
衝撃。
音速同士の激突が生み出した威力は同心円状に広がり、周囲を砂まみれとする。周囲の見物人はある者はひっくり返り、あるものはまともに衝撃波を浴びてのけぞっている。真に武術を極めた身体強化者同士の戦いは、それだけで周りを巻き込むのだ。
見物人たちが立ち直った時。彼らの中心では、二人の少女が鍔迫り合いの格好のまま動きを止めていた。
やがて彼女らは自ら引くと、武装を霧散させ、互いに一礼。
腕試しが終わったのだった。
それを知った見物人たちは散っていく。それぞれの持ち場に戻るのであろう。
彼らが去っていくのを見送ったアスタロトは、サラ・チェンへと向き直る。
「いつもこうなのですか?」
「そうですね。たまにこういうことも起きます。昔はこういう大規模演習の時でもなければ、本気を出して技を試す相手にも事欠く有様で。そうなるといざ、
二人が戦っていたこの場所は、中央アジアの演習場である。ここで行われる国連軍の大規模演習に顔を出していた彼女らは、空いた時間を見繕って技をぶつけ合っていたのだった。アスタロトはこの三十年あまりの神々の軍勢に生じた変化に詳しい。そんな彼女の役目のひとつは国連軍の軍事アドバイザーである。
「今日は有意義な時間を過ごせました。感謝します」
「ええ。では、そろそろ戻りましょう」
こうして人類最高の武術家たちは、それぞれの場所へ帰っていった。
―――西暦二〇五三年、タジキスタンにて。身体強化者の武術家が出現してから三十七年目、それらの戦闘技術が体系化されてから三十年近く経った時期の出来事。
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