終わりをもたらす者

「いいだろう。人の手で"神"を作ってやろうじゃあないか。真にそう呼ぶに相応しい、機械仕掛けの神々を」


【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部 神格研究棟】


「聞いたよ。ローザのこと」

アルベルト・デファント博士は顔を上げた。研究室の入り口に、いつの間にやら立っていたのは銀髪に眼鏡をかけた初老の男。ゴールドマンだった。

「いつ戻った」

「ついさっきだ」

「それにしても耳が早いな」

「うちの子供たちのことは全部、最終的には僕のところまで届くからな」

知性強化動物研究の第一人者であるこの男は現在、研究の傍ら世界中を飛び回っている。元々技術交換のためもあってそういった出張は多かったが、去年からその頻度は増加した。世界的に知性強化動物の増産体制に入っており、第四世代の開発も各地でスタートしている影響だった。その辺の事情はアルベルトも変わらないが。

よっこいしょ、と椅子に腰かけ、窓の外へ視線を向けるゴールドマン。

「生きててくれてほっとしたが、同時に落胆もした。すぐに消息が途絶えたからな。現地人のエージェントからの報告だったらしいが……」

「記憶喪失なのは聞いた。恐らく神格を使いこなせていないんだろうな。よくぞ今まで無事だったもんだ」

「いい出会いに恵まれたんだろうな。協力者なしでは生き残れなかったろう。あの子は昔からそうだった」

戦場にいる知性強化動物の情報も、ふたりの立場ではかなり詳細に知ることができる。負傷し後送されてくればその検査や治療を行うのは彼らの部署だからである。前線での定期的な検診についても最終的な責任を負うのはゴールドマンたちだ。

「フォレッティが記憶喪失になる原因に心当たりはあるか?」

「ありすぎて見当もつかない。そもそも記憶喪失と一言で言っても様々な要因や症例がある。何とも言えない」

「そりゃそうだ。あの子の脳神経系は人間の脳の何十倍、何百倍と複雑だからな……」

「知性強化動物自体が生まれてまだ半世紀も経っていない若い種族だ。自然淘汰を経て来たわけでもない。今回の戦争はあの子たちにとって初めて経験する試練なんだ。どんな問題が表出してもおかしくないし、僕らはそのすべてを事前に予測できるわけじゃあない。究極の生命と言ってもしょせんはそんなもんだ」

ゴールドマンの言う通り、今回の戦争では知性強化動物は驚異的な性能を発揮しているものの、想定されていなかったトラブルも多数報告されている。生命に関わるようなものも含めて。本格的な戦闘に投入されるのは今回が初めてであり、そして全く新しい生命体である以上は当然ではあった。だからこそ、リスク分散のためにも多種多様な種が生み出されているのだが。

「何にせよ、僕らがローザにしてやれるのは待つことだけだ。彼女の無事を信じよう。今まで生きてこれたんだ。一度エージェントと接触した以上、きっと国連軍の勢力圏まで自力でやってくる」

「あの広い惑星を、神格もまともに使えない状態で。か?」

「忘れるな。神格が使えなくたって関係ない。知性強化動物が究極の生命である所以ゆえんは、その力じゃあない。人間を遥かに超える知性だということを」

「……そうだな。あの子は賢い。それに、何があっても決してくじけない強い心を持ってる。信じよう」

「立ち直ってきたかい」

「まあな」

アルベルトは、ニヤりと笑った。

「そいつはよかった。君がいないと幻獣キメラは完成しないからな」

「ははっ。俺がいなくても何とかなるだろう」

「そりゃあお互い様だ。人も育ってきた。僕の後釜に据えられるだけの人材だって何人もいる。まだまだ引退してやる気はないけどな」

「究極の生命、か」

「ああ。第四世代は第五世代のテストベッドだ。そういう意味では今までの知性強化動物とは性格が異なる。実用化できれば、すぐにでも第五世代に取り掛かれるはずだ。僕らが引退する前には何とかなるだろう。スピード勝負だ。神々が追いつけないうちに戦争を終わらせる」

アルベルトは、ゴールドマンが初めてその言葉を口にしたときのことを思い出した。もう何十年も前。巨神を構成する流体の性質について根掘り葉掘り質問された後に出た、その究極の利用法を。

それを実現する、全知全能の生命体。この男となら、本当にそれは実現できるかもしれない。

「いいだろう。人の手で"神"を作ってやろうじゃあないか。真にそう呼ぶに相応しい、機械仕掛けの神々マシンヘッドを」




―――西暦二〇五三年。幻獣キメラ級が完成する三年前、人類製第五世代型神格が実戦投入される十四年前の出来事。

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