旅は続く、いつまでも
「ま、しょうがないよ。元々南の果てまで歩いてくつもりだったんだから。ここで国連軍に拾ってもらうなんて都合のいい考えだったんだよ」
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この世が終わったのか。と思うような有様だった。
かつてここにあった樹海は根こそぎ消滅している。岩盤が徹底的に砕かれ、ひっくり返され、溶かされ、焼き尽くされたのだから当然だろう。破壊し尽くされた地形は起伏に富んだ新たな山岳地帯といった塩梅だった。
その上空には複数の航空機やドローンが飛翔し、地上にも多数のロボットが散開している。神々の軍勢による現場検証が行われているのだった。
「―――こりゃあ酷い有様だな」
「ええ。敵の新型でしょうか」
「資料を見たが、デザインは我々の神格に似ている。生き残った個体の証言からも肉体は知性強化動物ではなく、人間だったようだ。人類側神格かもしれん」
「たった一体にここまでやられたことになりますか。なんて損害だ」
防護服に身を包み、敵神格が破壊された跡地を歩くふたりの神々。調査員である彼らは目的地までたどり着くと立ち止まった。
「こいつか」
「ええ。グチャグチャです。脳から情報を取ろうにも無理でしょう」
「いや。待て」
大地に横たわる遺体。先の戦闘で破壊された敵神格のものであるそれの、頭部付近に跪いた調査員は、降り積もった塵芥を払った。その下にあったものを慎重に露わとしたのである。
琥珀の塊だった。
「―――神格だ。損傷がかなり酷いが」
「それでも、記憶を読み出せる可能性があります。それに修理の可能性も」
「こいつを直す気か?」
「ええ。損傷具合から見て、新造するよりは安いでしょう。戦局は逼迫しています。これが元々我々の建造したものだとするならば、再利用は可能なはずです」
「一度反乱を起こした個体だぞ」
「運用でカバーできる範疇でしょう。それを言うなら現在運用されている神格は全て、潜在的には反乱の可能性があります」
「わかった。そこまで言うなら上に掛け合ってやる。ただしそこから先は知らんぞ」
「感謝します」
琥珀を手に取ったもうひとりの調査員は、その中を観察した。蝶。それによく似た形態の傷ついた昆虫が入っている。損傷した神格が自らを保護するため、分泌液によってこのような姿となったのだ。
神格を―――魔女の記憶と魂をその内に宿す"ティアマトー"を慎重にしまい込むと、調査員は立ち上がる。
知るべきことを調べ終えた神々は、その場から去っていった。
◇
どこまでも続く波打ち際だった。
砂浜のすぐ向こうに広がるのは緑あふれる森林。惑星上でもかなり赤道に近いこの地域は、二つの大陸の間を吹き抜ける季節風とすぐそばにそびえたつ山々の影響もあって降水量はそれなりに多く、日照の多さもあって樹木が育ちやすい。やがてはプレートの移動によって大陸はぶつかり、海峡はなくなるとも言われている。だがそれも何十万年先の話だ。
ふたつの大陸の衝突による隆起が生み出す複雑な地形。多数の島々を擁するこの海域に潜む、潜水艦の姿があった。
ほぼ完全な無音潜航。国連軍に属する艦艇である。そもそも今世紀初頭には既に、軍用潜水機械の静粛性は海洋生物のそれを下回る水準だった。遺伝子戦争期に海の戦いで神々と渡り合えた理由の一つはそれだった。クジラが探知できずに衝突するほど見事に隠れた船体の中枢では、重大な意思決定がなされようとしていた。
「―――もうすぐ時間ですが、対象はまだ現れません。どうされますか、艦長」
「どうするも何もない。ここは敵地だ。時間いっぱいまでは待つがそれ以上は待てない」
「了解です」
元々偵察任務に就いていたこの艦に命令が追加されたのは数日前になる。指定の時間、場所に訪れた人間と知性強化動物からなるグループを救出せよと。現場付近では現在、生物に偽装したロボットたちが監視しているが、該当する者たちは現れる気配がない。
彼らはたどり着けなかったのかもしれない。悪天候に見舞われたか。敵に襲われたのか。遭難したか。いかにテクノロジーが発達した現代でも、極限状態でものをいうのは結局のところ人間の意志と能力だ。
この惑星の自然環境は、人間には厳しい。
物思いにふける艦長の鼓膜を、部下の報告が打った。
「艦長。お時間です」
「分かった。ロボットを回収。それが済み次第この場を離れるぞ。偵察と監視任務を再開する」
「はっ」
ここからさらに十数分かけてロボットを回収した潜水艦は、静かに回頭。新たな乗客を迎え入れることなく、この海域を去っていった。
◇
「―――誰もいない」
木々の合間から波打ち際を見たのっぽは落胆のため息をついた。
時間がかかり過ぎた。嵐が収まるまで一日。膨大な降水量によって水かさが増した河が穏やかになる様子は全くなかったから、一行は舟を残して徒歩で下ってきたのである。予定より三日も遅い到着だった。
それでもあきらめずにここまでやってきた子供たちは、何もない海岸の砂浜を諦観と共に受容していた。
日が暮れつつある海岸では、月が波打ち際をうっすらと照らし始める。
「ま、しょうがないよ。元々南の果てまで歩いてくつもりだったんだから。ここで国連軍に拾ってもらうなんて都合のいい考えだったんだよ」
「たしかになあ」
「魔女さん、先に行っちゃったかな」
「だといいね。地球で待ってるかも」
一同は自分を納得させると、次々に砂浜へ出る。何にせよ、最悪の危機は脱した。後はこれからも、旅が続くだけだ。今まで通りの。
そう考えれば、置いてけぼりもそんなに悪いものではなかった。
「それにしても。これが海かあ」
「初めて見るよ」「僕も」
はじめての潮の香りに、子供たちは不思議な気分となった。この光景がずっと続いているらしいのだから驚くべきことだ。
そして、それ以外にも。
「見て。なんだろうあれ」
ちびすけが指さした先に、一抱えはありそうな生物たちの姿を見て皆が目を凝らした。
円盤状で、四肢と頭部があり、地面に懸命に穴を掘っている彼女らはウミガメ。一行はちょうど、その産卵の様子に遭遇したのである。
地球より移植された生命たちは、ここでも必死に生きていた。
しばしその様子を見守っている一行であったが。
やがて、ウミガメたちが一匹。また一匹と海に還っていくのを見送り、卵の埋まっている場所まで前進。取り囲む。
「卵、食べられるかな」「たぶん」「ちょっと悪い気もするけど……食べよう。食糧にも限りがあるし」
決まれば早かった。穴を掘り返し、卵を大切に取り出す。鍋に海水を満たす。薪を集める。火を起こす。
たちまちのうちに、ゆで卵が幾つも出来上がった。
「いただきます」
ウミガメたちに感謝し、四人は卵を手に取った。殻をむき、中の白身にかぶりつく。うまい。強行軍で疲労した体に、たっぷりと滋養がしみわたってくる。
「これからどうする?戻って舟を取ってくる?」
「あの小さい舟で向こう岸まで渡れるのかな。全然見えないけど」
「魔女のおばさんは海岸沿いに東へ進んで行けって。泳いで行けるくらい両岸が近くになってるところがあって、渡し船があるって」
「そっちかなあ」
やがて満腹になると、子供たちは木々の下に戻った。体を休め、活力を蓄えねばならない。
明日からまた、旅は続くのだから。
地球由来の緑の枝葉に守られながら、子供たちは眠りに就いた。
―――西暦二〇五三年。子供たちが魔女と再会を果たす一年前、樹海大戦終結の十四年前の出来事。
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