追跡者たち

「人はいずれ、過去の清算をする機会がやってくる。私の場合はそれが今日だったというだけのことだよ」


樹海の惑星グ=ラス大陸東方 低緯度地域山中 魔女の館より二十キロ地点】


広大な樹海。その木々の下を疾走する者の姿があった。

時速百キロを超える快速。大きな旅人帽を被り、マントをたなびかせている様子は、まさしく魔女の名に相応しい。

人ならざる速度の彼女に、しかしぴったりと追随する者たちがいる。戦闘服に身を包み、手に手に槍や剣で武装した彼らは一見人間に見えた。だが生身の人間がこのような速度で走ることなどできようはずもない。

神々の眷属だった。

先頭を行く魔女は背後を確認。自らを追尾する敵の数を勘定する。

―――六。

厄介だった。どんなアスペクトを持っているか分からない。存在しうるありとあらゆる種類の神格を想定する必要があるだろう。

だから魔女は、様子を見ることとした。速度を落とさず、自らの権能を発揮したのである。

前方の木々が。強力な分子運動制御によって何十、何百本という樹木が根こそぎ持ち上げられ、岩が空中へと飛び出したのである。その上を器用に飛び跳ねていく魔女は、幾度もの三角飛びを試みた後。背後から迫る敵勢へと襲い掛かった。

空中で不安定な足場と化した木々や岩々の上を跳躍しながら攻めかかる敵の連携は乱れている。そのうちの一柱へと、魔女は襲い掛かった。

魔女が虚空より武装は槍。緑青の金属ともセラミックともつかぬ素材で出来たそれは、敵の剣と激突すると火花を散らす。

互いに勢いを受け流し、交差していく両者。

―――強い。

敵の後ろに回り込んだ魔女は振り返ることなく跳躍。今の一合で敵の実力は分かった。精鋭を揃えて来たらしい。他の連中の技量も相応に高いだろう。真面目に付き合えば酷い目に遭うに違いない。

だから魔女は、逃げてやることとした。大樹の一本をと、自らの巨神を召喚したのである。

霧が、渦巻く。

巨大な力が膨れ上がった。


  ◇


衝撃波が走った。

瞬時に音速の三倍にまで加速、一直線に上空を目指して飛び出していった物体の仕業である。

それは、女神像だった。

緑青に彩られ、裸身をマントで覆い、手には槍。頭にかぶる巨大な獣の頭骨が素顔を隠している。物理法則を無視しているとしか思えない動きで急上昇から水平飛行へと移った彼女の質量は、一万トンもある。

魔女の巨神。"ティアマトー"であった。

雲海を臨む高度にたどり着いた彼女は、前方を見咎めた。何柱もの巨大な神像群を発見したからである。待ち伏せか。甲冑をまとう武神像。翼を広げる天使像。長衣に身を包む女神像。選り取り見取りだ。

そのうちの一柱。天使を象った敵が両腕を振り上げた。かと思えばその手の間にまばゆいばかりの火球を作り出したのである。

間髪入れず、それは投じられた。

対する魔女はただ、槍を振るったのみ。それだけで事足りた。

武装が生み出す強烈な磁場が火球を弾き飛ばす。攻撃をこともなげにいなした緑青の女神像は、お返しとばかりに槍を。三百トンの構造に膨大な熱量が流れ込み、そして一方向へと束ねられていく。

それが臨界に達した時点で魔女は、得物を手放した。

音速の実に三十倍に達した槍は、前方に展開する敵勢。彼らにたどり着く直前で

無数の細かい槍に枝分かれし、それは眷属群に襲い掛かった。

敵勢は散開して回避。その中心を魔女の巨躯は突っ切っていく。間髪入れずに反転した敵勢は、後続と合流すると追撃を開始した。

―――多い。

巡航速度を超え、音速の四倍近い速度にまで到達した魔女は考える。

敵の大半はどうやらこちらについてきたようだ。よくもまあ、あれほどの数を揃えたものである。囮としてはありがたいがまともに戦っては勝てぬ。

どうしたものか。

思案する彼女は、不穏な気配を感じると反射的にその権能を発揮。卓越した分子運動制御能力を振るい、大気を凝集させて盾としたのである。

直後。

空が、陰った。

それが直径数千キロメートルにも及ぶ鏡によるものだと悟った魔女は盾を増やした。百メートルを超える巨大な氷の円盤が多数構築され、八重の防御を形成した次の瞬間。

閃光が走った。

膨大な太陽光を集めた一撃は、一瞬で盾の六枚を切断。七枚目に届かなかったのは魔女と共に盾が移動し続けていたからであろう。恐るべき破壊力。

大規模反射鏡アルキメデス・ミラーの威力だった。

これはたまらぬと見た魔女は身を翻すと、雲海の下へ飛び込んだ。


  ◇


どこまでも続く暗闇だった。

地下へと続く洞窟を進むのはのっぽ。ちびすけ。まんまるの三人組と、ローザ。先頭を進むのっぽは手にした懐中電灯で前方を照らしながら、おっかなびっくり。しかし出せる限りの速度でごつごつした岩場を降りているところである。

「魔女のおばさん、大丈夫かな……」

不安そうにつぶやいたのはまんまる。彼の言葉は、全員の内心を代弁していた。今は彼女を信じて進むしかない。

「大丈夫だよ。きっと。本人も言ってたじゃない。眷属だったって。あの人も、あの凄い力を持ってる」

「でも、敵だって眷属をいっぱい連れてるはずだ。だって神々は、もともとローザみたいな人たちと戦うつもりで来てるはずだし」

「……」

至極もっともな意見に皆が黙り込む。子供たちに眷属や人類製神格の強さなど分からなかったが、ローザと出会ったあの日の圧倒的な力を鑑みれば相当数の眷属が出てきてもおかしくない。魔女はそれと戦うのだ。

重苦しい雰囲気だった。

洞窟の内部は湿度が高い上に暗い。滑りやすい中を慎重に進んでいく。魔女が用意した、人数分の懐中電灯がなければもっと苦労していたことだろう。松明ではかさばり過ぎる。

やがて。

「あ。あれじゃないかな」

「ほんとだ。舟だ」

一行が見つけたのは流れる水とそして、壁に立てかけられた丸木舟である。この洞窟の中をどうやって運んできたのかは謎だが、ひとまず見た目には大丈夫そうだった。全員が荷物ごと乗り込んでも何とかなるだろう。水深や川幅も舟を浮かべるのに十分なだけある。

「持ってて」

ローザが荷物を仲間に手渡すと、その剛力を発揮。たちまち岸に丸木舟を横たえた。その上に櫂を積み込み、最初にちびすけが乗り込む。各々の荷物を積み込み、のっぽとまんまるが座った。最後にローザが船体を押し出そうとしたところで。

衝撃。

ぱらぱら。と天井から砂埃が落ちてくるのを、皆が不安そうに見上げた。明らかにただ事ではない。

「魔女のおばさんかな」「たぶん……」

神々やその眷属と戦っているのだろう。恐らく。巨神の超常的な力を鑑みれば、本当にこの洞窟が崩れてもおかしくない。今は魔女を信じるしかなかった。

作業が再開される。舟が岸から離れ、ローザが飛び乗った。

「懐中電灯は交代でつけたほうがいいよ。松明と同じでずっとは光らないから」

ローザの言に従い、四つの内の二つが消される。

不安に押しつぶされそうになる子供たち。

彼らを乗せた丸木舟は、ゆっくりと水の流れに運ばれていった。




―――西暦二〇五三年。魔女がその生涯を終えた日。戦争が新たな日常となった時期の出来事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る