"ティアマトー"
「これは廃墟……じゃないな」
【
真新しい破壊の痕跡が残る館で、鳥相の兵士たちは困惑していた。
放牧されている人間どもを狩り集めてくる部隊が全滅してからもう三日が経つ。連絡が途絶えたヒトの村落へと送り込まれた捜索隊が見たのは破壊し尽くされた航空機と、皆殺しとされた神々の姿だった。護衛にロボットや、眷属も一名ついていたというのに。航空機の残骸である骨材やパイプに貫通されて無惨な死体となっていたのである。何があったかはすぐに分かった。村人を締め上げたところ、前日に村を訪れた旅人たちの中に知性強化動物がいたのだ。そんなものに奇襲されれば皆殺しとなったのも道理だった。徒歩で逃げたと思しき下手人どもの捜索の手は広げられ、周辺の村落や荒野、山々に至るまで徹底的に調べられているところだった。この館もその捜索範囲内にある。
中庭の四方を囲むように建てられた石造りの平屋建て。手入れの行き届いた庭や補修された外壁からも、居住者がいることは明らかだ。されどもぬけの空である。どころかいくつかの部屋では紙類が燃やされ、壊れたロボットが横たわってすらいた。それもごく最近。下手をすれば昨日今日に。故にロボット歩兵だけではなく、神々の兵士も動員されて家探しを開始したのである。
「―――こっちだ!」
床を調べていた兵士が絨毯をどけると、その下に隠されていたのは地下への階段。
ロボットたちを突入させて安全を確認した兵士たちは、自らも中へと降りて行った。
地下室は異様な空間だった。広大なスペースに所狭しと様々な機械類が置かれ、それらはことごとくが重要な部品を破壊されている。そのために使われたのであろうスレッジハンマーがごろん。と床にうち捨てられていた。
「……なんじゃこりゃ」
部屋の隅。やたらとデカい砲弾型の物体が立ててある。唯一その装置だけは無傷にも見えた。真ん中に何やら数字が点滅している。いや。これは急速に減少しているのだろうか?タイマーのように見えた。
「分かるか?」
兵士のひとりが仲間に訊ねる。幸い彼は、答えを知っていた。
「―――そいつは核融合弾頭だ!タイマーが作動してる、今すぐ逃げろ!!」
他の兵士たちが事態を把握するまで、わずかな間があった。
かと思えば彼らは我先に逃げていく。
装置の正体を見破った兵士は、無線に怒鳴って火力支援を要請すると、自らも脱兎のごとく逃げ出した。
◇
山中を、凄まじい爆音が駆け抜けた。
「―――!一体何が」
「始まったようだ」
魔女は振り返ると、子供たちの疑問に答えた。
頭上を覆うのは
「神々が館に踏み入ったのだろう。それで、まずいものを見つけた」
「まずいもの……ですか?」
「爆弾だ。それもとびっきりに強力で、山ごと消し飛んでしまうような。無力化するには制御装置を破壊するのが一番だからな。なりふり構わず館ごと吹き飛ばしたのだろうて。予想通りだ。
もっともそれはもう爆発することのない、耐用年数を過ぎた代物だが」
核融合反応は極めてデリケートである。それは核融合の制御の困難さの原因であると同時に、安全性の根幹でもあった。暴発する事はまずないのである。
魔女は元の進路へ視線を戻した。館からは既にかなり離れているが、それでも時間との戦いになる。樹海の奥深くへと進んでいかねばならない。海まで何とか脱出し、国連軍の救助と合流せねばならなかった。
「しばしの時間稼ぎにはなる。とはいえ急がねば。国連軍とは話をつけたが、いつまでも待ってくれるわけではない」
「魔女さん」
「うん?」
「もう一度聞いていいですか。貴女は何者なんです?」
後に続く三人の人間と一人の知性強化動物の視線を感じながら魔女は進む。山歩きに適した服装と巨大な背嚢を背負った彼女の姿は、子供たちの身なりとよく調和しているように見えた。
「……もう三十七年も前になるか。かつてこの世界と地球との間をつなぐ門が開かれた。知っておるとは思うが」
「はい」
「神々は地球より多くのものを収奪していった。人間。遺伝子資源。それ以外にも多くの芸術品や歴史遺産も。私もそうやってこの世界に連れ去られてきた人間のひとりだ。お主らの両親のように。
ひとつだけ違う点があったとすれば、子供を産み増やすためではなく、武器を作るのに使われた。ということだろう」
「……神々の眷属」
「その通り。それもただの眷属ではない。神々にとって脅威となるものを滅ぼすために、私は作られた。当時神々が最も恐れていたのは、離反した眷属たち。いわゆる人類側神格だな。私はそれを狩ることを期待されて生み出されたのだ。あの時代、何十名と生み出された対神格型神格の一体。それが私だ。
二年間で多くの人を殺した。人類側神格も殺した。人間たちは私を恐れ、私もそれにふさわしいふるまいをした。
"ティアマトー"。それが私に与えられた名前だよ。
転機は開戦から二年が経過しようという頃だ。私は当時重傷を負い、門の医療施設で修復を受けているところだった。そこが人類の攻勢で破壊されたのだ。核融合弾頭を用いて徹底的に。
生死の境を彷徨いながらも奇跡的に生き延びた私は、自分がもはや自由になっていたことを知った。いかなる作用によるものかは分からないが、神々によって施された思考制御は力を失っていたのだ。
私は逃げ出した。宛もなくこの世界を放浪し、最終的にはあの館に居を構えた。自分と同じような境遇の者がこの世界にいることを知った。そのうちの一グループがこの世界から門を開き、地球に救援を求めた。地球の人類は、それに応えた。
私が国連軍にツテを持つのはその縁だ。門を開いたのが知り合いだったからというだけの理由だよ」
「……」
「私は何も為していない。本当に大した存在ではないのだ」
子供たちは、黙りこくった。魔女の壮絶な半生に圧倒されていたからである。
しばしの間、無言が貫かれた。
◇
早朝よりずっと歩き続けて来た先。
一行の前方でぽっかりと口を開いているのは、自然に生み出された巨大な空洞である。
洞窟だった。
「あれだ」
「あれですか?」
疑問符を浮かべるのっぽへ頷き返すと、魔女は懐から一枚のメモを取り出した。
「あの洞窟の奥には地下水脈が走っている。舟で下れるほどの。それで行けるところまで進み、最後にはそのメモの場所にたどり着ければよい。
中には脱出用に小舟が置いてある」
「はい」
「メモはお主らに預けておこうか。では行こう。……いや。待て」
魔女は顔を上げると、腕を伸ばした。それで木々の間より落ちてきたのは、回転翼を備えた小さな機械。
神々のドローンであった。偵察用途であろう。
分子運動制御でそいつをくしゃくしゃに破壊した魔女は、一同へ振り返る。
「神々に我々の位置がばれた。どうやら一緒にいるわけにはいかなくなったようだ。誰かが時間を稼がねばならん」
「待って。時間を稼ぐって……?」
「奴らなら地下水脈を落盤で破壊するなど容易い。それが出来ぬよう、私が囮になる。お主らは逃げろ」
「魔女さん……」
心配そうな顔をするローザに向け、魔女は優しげな表情を浮かべた。
「なあに。死ぬとは限らん。危険さではどちらも似たようなものだ。
それにな。これは、大人の仕事だ。子供の間は素直に守られておれ。
さ。行くがよい」
のっぽたち四人は、はじめおずおずと。やがて走って、洞窟へと向かっていった。
それを見届けることはせず、後方に視線を向ける魔女。
敵を迎え撃たねばならなかった。
「さらばだ」
呟き、魔女は前へ出た。
―――西暦二〇五三年。一行が神々に捕捉された直後の出来事。
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