忠実なる使い魔

「長い間ご苦労だった。さあ。自己破壊せよ」


樹海の惑星グ=ラス大陸東方 低緯度地域山中 魔女の館】


「やれやれ。子供は元気なものだ」

魔女は微笑んだ。客人の子供たちは入浴中である。知性強化動物(女性だった)と、一行のリーダーであるのっぽの女の子を先に風呂に入らせた。軒先に置いたバスタブに水を張り、ガスで湯を沸かすところをしげしげと見ていたものである。初めてなのだろう。実のところメタンガスもそれほど潤沢に生産できるわけではないのでこういう場合以外はあまり使ったりしない。まあここでけちけちする意味はない。

もう、この館は放棄せねばならないのだから。

徒歩数日圏内で人類製神格が神々を殺し、そしていまだ逃亡中なのだ。ここにまで神々の手が伸びるのは明らかだった。今までは奴らが把握していたとしても変わり者の人間がひとり暮らしている、程度だったろうが、今はそうではない。子供たちを逃がしても家探しをされるだろう。それは困る。

魔女は、地下室の一角。そこに置かれた巨大な円筒形の機械を見上げた。

使う機会があるかもと思い古巣からくすねて来たこいつはレーザー点火式核融合爆弾。いわゆる純粋水爆である。館の地下に自爆装置として設置しておいたはいいが、もうだ。核融合燃料である重水素や三重水素が相当量減っている。三重水素の半減期は十二年あまり。こいつが建造されてからもう三十年以上経つため、半分どころではなく減少しているはずだった。電子部品も寿命が来ているだろう。

これが使えれば、証拠隠滅に悩むことはないのだが。今では隠しようのない証拠そのものだ。他にもいろいろとまずいものがある。

別の手段で破壊するしかなかった。

階段を上がる。出た先は寝室の隣室。端末を設置した部屋だった。階段の上に板を置き、絨毯を敷いて隠す。

藤椅子に座り、モニターを立ち上げて。

「来たか」

先ほど国連軍の担当者宛に送ったメッセージの返信が、画面に表示されていた。大変困惑した内容である。こちらが送ったのは「知性強化動物を保護している」という一文だから混乱するのも無理はなかろうが。

相手のアカウント名は相変わらず"燈火"。

『メッセージを確認いたしました。詳しくお聞かせいただきたい』

「文面通りだ。今日訪れた旅人が知性強化動物を伴っていた。記憶喪失らしい。本人とも会話したが、嘘を言っている様子はないな」

『それは確かに知性強化動物なのですか?』

「私も現物を目にしたのは今日が初めてだが、直立二足歩行し、ヒト型で、顔を栗毛で覆われ、下向きの角があり、人間とやや異なる骨格構造を持ち、そして尻尾がある。流暢に言葉をしゃべっておったよ。立ち居振る舞いは明らかに知的だ。この惑星であのような姿の生き物を見た事はない」

『ほかに何か身元を特定できるようなことは?』

「ローザと名乗っておったな。ロケットペンダントに名前が残っていたとか」

『確認します。戦闘中に行方不明となった者かもしれません』

「頼む。それと、彼らは神々に追われているらしい。数日前に近くの村落で神々を殺したと」

『―――なんと』

相手の返答は、一拍遅れた。

「現在私はここを引き払う準備をしている。奴らの捜索の手は遅かれ早かれここにも伸びるだろう。いつまで安全か分からん。もちろん彼らを連れて行く。この端末及び回線もこの通話が終われば破壊せねばならん。早急な移動が必要だが、夜の樹海は危険だ。明朝に出立する。何らかの支援は貰えるだろうか?」

『しばしお待ちを。それも確認します。十五分以内に返答します』

「頼む」

会話が途切れる。返信を待たねばならない。その間に魔女は、使い魔を呼び寄せた。

「デューイよ。準備はできたか?」

ロボットは首肯。前に伸びたアームをまるで首のように下ろして肯定する。

それに満足した魔女は、笑みを浮かべた。荷造りが終わったのだ。過酷な逃避行となるだろう。軽ければ軽いほど良いが、食料や衣料品は必要だった。

「済まぬな。お前は連れていけぬのだ。電源が確保できぬ」

その言葉をまるで理解できているかのようにうなだれるロボット。神々が放棄したものを魔女が再生したこの使い魔は、電力をマイクロ水力発電に頼っている。充電手段がなくなれば動かすことはできなかった。

だから、魔女は使い魔をずっとコンパクトにすることにした。

胴体のカバーを外す。中から記憶チップを抜き、防水ケースに仕舞う。中にはこのロボットの全ての記憶が入っている。これがあれば再生してやることもできるだろう。地球では、同じ規格のデバイスを手に入れるのに一苦労するだろうが。

「長い間ご苦労だった。さあ。自己破壊せよ」

ロボットが座り込み、そして動かなくなる。かと思えばしばらくして、何かが焼けるようなにおい。

自らの回路をショートさせたのだった。これで神々と言えどもデータは読み出せまい。

使い魔の最期を見届けた魔女は、モニターに新たなメッセージが届いていることに気が付いた。

『確認しました。該当する知性強化動物の個体が一名います。妖精フォレッティ級、ローザ。去年戦闘中行方不明になっています。国籍はイタリア、保護者はアルベルト・デファント博士です』

「そうか。教えてやらねば。済まぬな」

『いえ。大した手間ではありませんので。

支援の方ですが、海まで出られれば迎えを出すことが可能です。時間はごく限られますが』

提示された座標と時間を、魔女は素早く記憶した。厳しいスケジュールになるだろうが、不可能というほどではない。

『申し訳ありません。これができる精一杯です。そこは神々の勢力圏ですので』

「十分だ。感謝する。無事に脱出できれば、貴方ともまた話をしたいものだ」

『喜んで』

それを最後に魔女は通話を切断した。もうこの回線を使うことはないだろう。いや。この部屋自体、最後の利用となるはずだった。

最後にもう一度だけ、床に座り込んだ使い魔を見やると、魔女は部屋を後にした。




―――西暦二〇五三年三月。一行が神々の軍勢に捕捉される前日の出来事。

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