籠いっぱいの幸せ

「……むにゃ。ごはん」


【樹海の惑星 大陸東方 低緯度地域山中 魔女の館】


籠一杯の山菜だった。

館の周囲や庭で採れたそれらは、新芽やセイヨウタンポポ、土筆つくしなど春の野草が多い。

他にもテーブルは食材で一杯である。備蓄されていたオリーブ。小壺に収まったハチミツ。新鮮な鯉は館の先の土砂崩れで水没した廃墟でとれたものだし、キノコや香辛料、ハーブ。岩塩も見受けられた。

魔女はそれらの食材を手際よく下ごしらえ。マイクロ水力で得られた電力で室内を照らし、風車でくみ上げた清水で鍋を満たし、排泄物から作ったメタンガスがコンロに熱を提供。それはこの世界の人類では手に入れるのが困難な、文明の産物であった。

先ほどのドレスから一転、動きやすい服装に髪をまとめてエプロンをつけた魔女は、一見普通の人間に見えた。ここに地球生まれの人間がいれば、現代のヨーロッパの古民家にいると勘違いしたかもしれない。

やがて、調理を終えた魔女はロボットを呼ぶと配膳を命じた。


  ◇


「うわあ……」

ご馳走だった。

メインとなるのは白身魚オリーブオイルのソテー。ワイン漬けにしたオリーブの実。野草のおひたし。デュラム小麦のショートパスタクスクス。蒸したキノコの酢漬け。干し肉入りのシチュー。

館の規模からすれば簡素な食堂で、一同は食卓を囲んでいた。

「さあ。たあんと召し上がれ」

主人に勧められた子供たちは、しかし戸惑っていた。食事に対してではない。それを提供してくれた魔女に、彼らは困惑していたのである。

ヴェールを脱いだ彼女の側頭部にあったのは、黒い角。ローザのそれとはまた異なる、太くて巨大なものが伸びていたのである。飾りではなかったのだ。

「これが気になるか?まあ大したものではない。何の役にも立たんし、邪魔だ。だが切っても生えてくるし、痛いしでろくなことがない。結局のところ飾りじゃな。

さ。冷めてしまうぞ」

促された子供たちは、はじめおずおずと。それらの食事に挑みかかった。

「―――うまい」

ソテーを口にしたのっぽの感想である。柔らかい。にもかかわらず崩れない絶妙なバランス。山道を何日も歩いてきた若者としては、オイルのもたらすカロリーが身に染みた。

警戒心も、料理のうまさの前に霧散したようだ。たちまち美味さの虜になる子供たち。

「ローザも、一緒に食べれたらよかったのに」

「あの娘の分なら別に用意してある。心配せずともよいぞ」

自身も食事を共にする魔女の、ちびすけに対する返答である。ローザはひとまず用意されたベッドに寝かされていた。神々を殺してから、目を覚ます様子がない。

「じゃあ遠慮なく」

「うむ。子供はしっかり食べるべきだからのう」

しばし無言で食事が続く。味わい、しっかりと噛みしめるのに子供たちが忙しかったせいである。

やがて、落ち着いてきたところでデューイが瓶を持ってきた。頭部が器用に瓶を乗せたお盆を運んでいるのである。というか実はそれは頭部ではなくこのロボットのアームなのだが、とにかく見た目には頭部であり口だった。

よく冷えたそれ―――中身は薄めた蜂蜜酒―――を客につぐと、魔女は居住まいをただした。

「さて。ではそろそろ何があったかを話して貰おうか。あの娘をどこで拾ったのか。お主たちは何者なのか。何が起こったのか。そういったことを」

それにのっぽは頷くと、今までの旅路。そのきっかけから話し始めた。ラジオが鳴った日。空に光が走ったこと。育った村落のこと。自分を養っていた老婆の言葉。国連軍を目指しての一年近い旅路。眷属の戦闘に巻き込まれたこと。ローザに救われたこと。彼女の記憶喪失。山奥の廃村で越冬したこと。オリーブの農園の中にある村落で起こったこと。神々をローザが殺したこと。それら全てを。

魔女は、静かにその話を聞いていた。

「―――なるほど。事情は分かった。恐らくあの娘は戦闘の後遺症で記憶を失ったのであろうな。知的生命体の脳はデリケートだ。ましてやそれほど激しい戦いがあったとなれば、その負荷は想像を絶するものになる。加えて重傷を負ったのも問題を悪化させたであろう」

「ローザは治りますか?」

「分からんよ。医療設備のある所で、専門家に診て貰えばすぐに分かるだろうが。ここはまだ惑星の北半球だ。南半球の南端近くにいる国連軍まではまだ相当にかかるぞ。お主らのペースなら、順調に行っても後一、二年といったところか」

「―――そんなに」

「このまま南下するなら、海にぶつかってから海岸沿いに東へ進むとよかろう。海峡がかなり狭くなっている。何なら泳いで渡れないこともないほどにな。まあ私のお勧めは渡し船に乗ることだが」

告げて、蜂蜜酒をぐい。と一気に呑み込む魔女。

「だがまあ。当面の問題は近くに迫っているはずの神々の軍勢からどうやって生き延びるか。じゃな。奴らはしらみつぶしにこのあたりの山中まで調べるであろう」

「あ———あの。ご迷惑でしたらすぐ立ち去ります」

「お主らは関係ない。神々に見られてはまずいものが多すぎるのは私の都合だ」

「貴女は一体、何者なんですか?その知識。姿。この館。ロボット。普通の人間とは思えませんけど」

「何者かと問われれば魔女と答えよう。古く地球で伝えられてきた伝統の後継者。それ以上でもそれ以下でもない。この館を維持できているのは少々役立つ特技があるからにすぎん」

「……」

「どちらにせよ、今宵は休むがよかろう。数日歩き通しでは、体は限界のはず。あの娘もゆっくり休ませてやらねば」

「はい」

「まあ、案外すぐ目を覚ますやもしれんが。食べ物の匂いにつられて」

魔女の冗談に、子供たちはくすっと笑う。

「さ。風呂も用意してある。食事が済めば……おや?」

言いかけた魔女は、視線を部屋の外へと向けた。一同もつられてそちらを見る。

「……むにゃ。ごはん」

そこには、寝ぼけまなこのローザが立っていた。本当に食べ物の匂いにつられて起きたらしい。

しばし呆気にとられていた皆は、やがて笑い出した。

子供たちはこの日、久しぶりに。本当に久方ぶりに、体をしっかり休めた。




―――西暦二〇五三年。子供たちが惑星を縦断し終える前年の出来事。

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