館の主

「安心したまえ。私は人間の味方だ。お主らが人類の側に立つ限り、私は決して見捨てないと誓おう」


【樹海の惑星 大陸東方 低緯度地域山中 魔女の館】


潜った石のアーチの先は、庭園だった。

ロボットに導かれて子供たちがたどり着いたのがここである。

四方を囲む建物。その隅に設けられた溝は清水が流れ、青々と茂る果樹や草花へと活力を提供していた。中央に生えている巨木はオリーブであろうか。

その真下。ベンチでくつろぐ人物に歩み寄ると、蛇の胴体と二本足を備えたロボットは停止した。かと思えばその場へ座り込む。

「よくやった、デューイよ。無事客人を案内できたようだな」

ロボット―――デューイというらしい―――をねぎらった女性。

彼女はぱたん。と手にした古書を閉じると脇の布の上に丁寧に置き、そしてこちらに顔を向けた。

「ようこそ私の庭へ。お主らは久しぶりの客人だ。何もない所だが歓迎しよう」

深く、重みを感じさせる女の声だった。紫紺のドレスをまとい、帽子を被り、足にはサンダル。頭には角を思わせる飾りをつけ、顔はヴェールで隠されている。

威厳に満ちたその姿に、子供たちはただただ、圧倒されていた。

―――何もない?これが?

子供たちの目に映る庭は相当な財力を感じさせるものだった。大きな人間の街や遺跡などではたまにこの規模のものを見かけることもあったが、前者は必ずと言っていいほど多数の人力が維持に費やされていたし、後者は荒れ放題のものばかりだ。

「あ—――あの。僕たち、追われてるんです」

「で、あろうな。森に入ったあたりから様子は見ていた。何日も歩き通しであったろう。賊にでも襲われたか?」

女性の問いに、子供たちは顔を見合わせた。どう答えるべきだろうか?

しばし困惑していた彼らだったが、やがて結論は出た。のっぽが向き直ると、正直に答えたのである。そうするべきと感じたから。

「最初は人間に。でも、今は―――神々に」

「ほう?どうしてまた。神々に捧げられるはずが逃げ出しでもしたか」

「そうです。その時―――神々を殺しました」

「!?」

女性の動揺が伝わってくる。

「馬鹿な。お主らのような子供に神々を殺せるものか」

「僕たちには無理です。でもこの娘にはできます。僕たちはその場に居合わせました」

のっぽは、背負っていたローザを下ろした。次いで、その素顔を晒したのである。

「……ありえぬ……何故ここに知性強化動物がいる!?」

「彼女を知っているんですね?」

「ああ。この娘は地球の人類が神々を屠るために生み出した神格。それを組み込むために、動物を知性化させることで作り出した人造生命体だ」

魔女も、その機種までは分からなかった。分からなかったが、このような場所で知性強化動物と出会うのが尋常な事態ではないのは明らかだ。

「よかろう。話を聞かせてもらいたい。ちと早いが晩餐を用意しよう。その娘にはベッドも」

「その前に一つ。貴女は―――僕たちの味方ですか。それとも、敵?」

のっぽの問いかけに、女性は笑みを浮かべたようだった。ヴェールの向こうからそのような気配が伝わってくる。

「安心したまえ。私は人間の味方だ。お主らが人類の側に立つ限り、私は決して見捨てない。魔女の森の主として誓おう」

「魔女?」

「そうとも。私は魔女。神々が地球に侵攻する以前よりの伝統を引き継ぐものだ」

女性は―――古き魔女は告げると、ヴェールを上げ、その美貌を露わとする。

そこにあった顔は、若い。瑞々しい黒髪の、娘と言ってもよい年頃の女性であった。

「さ。今宵は腕によりをかけて馳走ちそうしよう。デューイよ。客人を部屋へ案内せよ」

魔女の命を受けたロボットは起き上がると、子供たちを一度振り返った。かと思えばすたすたと歩いていく。

子供たちは、慌ててその後を追いかけた。




―――西暦二〇五三年。魔女が神々の軍勢より脱走してから三十四年、門が開いて一年あまりが経過した日の出来事。

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