魔女の住まう森

「ついて行こう。敵じゃなさそうだし」


樹海の惑星グ=ラス 大陸東方 低緯度地域山中】


酷い山道だった。

荒れ果てた山々は乾燥しきっている。時折緑の草木が見えたが、全体としては不毛の大地に見えた。

朝日に照らされる中を、子供たちは進んでいた。

「……これからどうなるのかな」

「先に進むしかない。とにかく前へ。南に向かうんだ」

ちびすけの言葉にのっぽが答える。彼女の背には意識を失ったローザが背負われていた。

あの騒ぎからまだ一晩しか経っていない。神々を、ローザが殺してから。大事になったとみて逃げ出してきたのである。村人たちは茫然と立ちすくんでいたが子供たちは違った。ローザの巨神を見るのは二度目だったし、一回目の際の死闘と比較すればまだマシとすら言えたからである。とはいえそれは受けたショックをやわらげこそすれど、なかったことにはできない。無事にあの場から離れられたのは、村人の少女の言葉が大きかった。彼女とのやりとりを、のっぽは思い出した。

「ここから離れて。この娘を連れて」

「……いいの?」

「このままじゃみんな殺される。神々が来たらあなたたちのせいにするから。だから早く行って」

「ありがとう」

どう答えていいかわからず、そんな返事を返した。

あの村がどうなるかは分からない。神々に報復されるかもしれない。ひどい目にあったが、だからと言って人が死ぬとなれば陰鬱な気分になった。

だがそれよりもまず、自分たちのことだ。

「見て。樹海だ」

まんまるの言葉に、皆が顔を上げた。

前方。いくつもの峰を超えた向こうは植物が生い茂っているように見える。水や食料もあるかもしれない。何より、樹海の木々の下は素晴らしい隠れ場所となることを、皆が知っていた。

一行は、前へ進んだ。


  ◇


警報が鳴って、魔女は飛び起きた。

午睡の最中のことである。

「……むぅ」

またセンサーが誤作動したのだろうか。わからないが確認の必要がある。さもなくば警報が解除されない。そのように魔女自身がシステムを組んだ。

よっこいしょ。と部屋を出ると、中庭に面した回廊を通って隣室に。藤椅子に座り、作動中のモニターを凝視する。

「ぬうん?」

警報を解除。周辺へいくつも設置した監視カメラの中から該当する場所を選ぶと録画をさかのぼりながら確認し。

「……子供?」

十代前半から半ばであろうか?それくらいの子供が四人。一人は仲間に背負われている。怪我でもしているのか。みな、憔悴しているように見えた。

助けが必要かもしれぬ。

「ふむ」

客など久しぶりである。身なりを整えねば。時間がかかるがその間どうするべきか。思案する。あの子供達には使いを出すとしよう。魔女の使い魔を。

ここは、魔女の住まう森なのだから。


  ◇


ばりっ。

そんな物音に緊張が走った。

「―――何かいる?」「わからない」「風とかじゃないの?」

警戒する一同は、前方の倒木を注視した。最近倒れたらしく、まだ硝子の枝ぶりを見せた巨木である。その落ち葉を踏みつぶせばちょうど、先のような物音がするのだ。

このあたりの植生は緑が6割硝子が4割といったところ。赤道に近づくにつれて生態系の世代交代が早まっているらしい。人間の農地開拓が広まるに従い、そこに依存する生物群が周囲に拡大していった結果なのだろう。とはローザの言である。人の活動は生態系を変えるのだ。

大人が余裕で隠れられる倒木の向こう側。その下に空いた隙間から、ぬっ。と顔を見せた者に、一同は悲鳴を上げた。

「―――ロボットだ!」「逃げろ!」「お助けえ!」

そいつは人間より一回り大きな、鳥をさらに前後に体を伸ばしたような機械。子供たちは恐慌状態へと陥ると、一目散に逃げだした。このあたりであんなものを作るのは神々だけだ!

走る。とにかく走る。わき目も振らずに走る。

そうやってしばし走ったところで。

「……も、もう無理」

限界だった。

物陰に隠れ、背後を確認する子供たち。

「……いない?」

いなかった。振り返った先には。

大丈夫そう。と安心した三人は向き直ると、なぜ振り返った先に何もいなかったのかを知った。

ぬっ。

そんな擬音がしそうな登場の仕方をしたのは、鳥や蜥蜴を直線的にしたような頭部。

ロボットが、三人。いや、今だ意識を失っているローザを含めた四人を値踏みするかのように頭を巡らせていく。

硬直して動けない子供たち。

やがてロボットはこちらを十分に観察し終えたか、一歩下がった。かと思えばそいつはひっくり返ると、腹をこちらに見せたではないか。

「……?」

なんじゃこりゃ?という怪訝な顔をする一同。こうやってじっくり見ると、鳥ともトカゲともあんまり似ていない。蛇を太くしたような頭部から尻尾までの流れ。途中、真ん中あたりから横に張り出した構造から、太い一対の脚が下に伸びている。

「……敵意はなさそう?」「たぶん」「なんか犬みたいな……」

これが犬なら降参ということなのだろう。たぶん。

やがて満足したか、ロボットは起き上がるとゆっくり立ち去っていく。

「……なんだったんだ?」

かと思ったらそいつはこちらを振り返った。

そのままそこで待っている。

「これ、ひょっとしてついて来いってこと?」

しばし顔を見合わせる三人。

やがて、結論は出た。

「ついて行こう。敵じゃなさそうだし」

子供たちは、ロボットの後に続いた。




―――西暦二〇五三年。門が開いて一年あまり、魔女が国連軍と接触してから七カ月が経過した日の出来事。

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