捨てる神あらば拾う神あり

「ねえ。どうして神々から逃げないの?」


【樹海の惑星 大陸東方 低緯度地域 農園】


見張り役は、扉の向こうからかけられた声に振り返った。中に閉じ込めているのはあの角の生えた、毛むくじゃらな怪物。それが人間の言葉を流暢にしゃべっている。声だけなら人間の子供と大して変わらないが。

「うん?何言ってんだ。逃げられるわけがないだろう」

「どうして?南に行けば国連軍がいるよ。助けてもらえるのに」

「"国連軍"なあ。たまに噂は流れちゃくるが、ちっともここまで来る気配はないじゃないか。それでも前は時々空に光が走ってたが、最近は少ない。いたとして負けてんじゃないのか」

「勝ってるよ」

「何で言い切れる」

「光が減ったのは、空に浮いてる機械があらかたなくなっちゃったからだよ。壊す物がないのに弾を撃ったりしないよね?おじさんの銃だってそう」

言われて、見張り役は担いでいた鉄砲に目をやった。ライフリングもない粗末なしろもの。革帯で背負っている単発の長銃である。先込め式で、装薬は黒色火薬だ。親世代が作り方を考え、村で独占していた。周囲の集落や山賊相手にも役に立つ。

だが、神々相手にはこんなものがあっても何の役にも立たない。

「村のみんなで逃げ出せばよかったのに。今なら空から地上を見張ってる衛星もほとんどない。逃げられるよ。今からでも南に向かおうよ」

「馬鹿言うない。今晩にも神々がやってくるんだぞ。逃げたってすぐに追いつかれる。お前、皆殺しにされてもいいっていうのか」

「……」

相手が黙る。話し合いは無意味と悟ったからだろうか。しょぼくれた顔でもしているのだろう。どんな表情になるのか知らないが。

ふと気になって、扉の隙間から中を見てみる。―――いない。死角に入った?

見張り役は銃を下ろすと、いつでも撃てるようにした。続いて扉を封じる閂をはずし、中を覗き込む。

やはりいない。さして広い物置ではない。どこだ!?

左右を見回し、下を見た見張り役は、最後に上を見上げた。そして屋根にあけられた大穴に気が付いたのである。先ほどの話し声はこれをあけているのに気付かれないためのものだったのだ!

「―――逃げたぞおおおお!!」

事態を理解した見張り役は、間髪入れずに叫び声を上げた。


  ◇


「どこだ!」「あっちを探せ!!」

銃で武装した男たちが走りまわっている中、ローザは物陰で息をついた。穴をあけるのに時間をかけ過ぎた。静かにやる必要があったから仕方ないとはいえ。もう夕闇の帳が降り始めている。間もなく夜になるだろう。だがある意味好都合だ。こちらの姿も闇は隠してくれる。

十数戸しかない村落だがその面積は広い。一軒一軒が塀に囲まれた大きな石積みに草ぶき屋根の平屋である。農村だからだろう。仲間たちを速やかに探さねばならなかったが、手掛かりは村人たちにあった。彼らの動きを観察していれば、すぐに見つけられるだろう。たぶん。

ローザの期待は、半分は当たっていた。村人が手掛かりを持っていたという意味では。

突如、背後から肩を叩かれる。

「!?」

目の前でしーっとジェスチャーをしているのは見覚えのある姿だった。昼間、ローザに粥を持ってきた少女。

「静かに。見つかっちゃう。仲間を助けるんでしょ」

「―――どうして?」

「聞こえてたから。どうして神々から逃げないの?って。昔の私とおんなじこと言ってた。そのころはなんて影も形もなかったけれど」

少女ははにかむと、農家のうちのひとつを指さした。

「探してるのはあれ。急がないと」

「あなたはどうするの?」

「どうもしない。元々連れていかれるのが運命だったの。もっと早くにみんなで逃げ出してれば、そうはならなかったのかもしれないけれど」

「……ありがとう」

ローザは、そう答えるので精一杯だった。

「急いで。時間はもう―――あ」

不自然に言葉を止めた少女の見る方角へ、ローザは視線を向けた。

西の空。太陽が沈む方向から飛来した物体は―――

「―――神々だ!」「逃げた奴は後回しにしろ!捕まえた子供たちを連れて来い!」

しばし硬直していたローザは、動こうとして止められた。

「待って。今出て行ったら撃ち殺されちゃう」

「でも!」

「もう間に合わない。だからここで待ってて」

少女は隠れ場所から身を乗り出すと、男たちの方へと向かっていく。ローザにはそれを見守ることしかできない。

やがて始まったのは、男たちのひとり。銃を背負った大男と少女の身振りを交えた会話である。詳しい内容までは分からないが双方、興奮していることが伺えた。

やがて、別の男が少女を後ろから押さえると引き離していく。話し合いは決裂したようだった。

そして、先ほど少女が教えてくれた農家から連れ出されてくる三人の子供たち。

仲間たちが引き出されてきたのだ。

時を同じくして、上空に差し掛かった巨大な飛行機械が降下してくる。神々が、やってきたのである。

物陰に隠れるローザの手が届かぬところで、すべては進行していく。

大男が前に出た。飛行機械の側面が開き、神々が降りてくる。初めて見る鳥相に、ローザは息を飲んだ。後に続く人間の姿をした者は眷属であろうか。

大男としばし会話していた神々は、やがて頷くと子供たちを。ローザの仲間たちの方を、見た。

―――ああ。駄目だ。連れていかれてしまう。仲間たちが。自分がこの世界で目覚めてからずっと、そばにいてくれた友達が。

飛行機械の中へと連行されていく、のっぽ。ちびすけ。まんまる。

「―――やめて!連れていかないで!!」

ローザの叫び。それをきっかけとして、幾つものことが同時に起こった。

仲間たちへと駆け寄ろうとするローザ。自分を押さえる村人を振り払い、それを押しとどめる少女の叫び。「駄目!殺されちゃう!」騒がしい背後を振り返り、そして驚愕に、続いては恐怖に表情を歪める神の鳥相。同じく素顔を晒したローザに気付く仲間たち。ローザが伸ばした、掬い取ろうとするかのような、腕。

影が、伸びた。

それはローザから神々。いや、それにつれていかれようとする子供たちを包み込むように広がり、そして中から指が出現した。一本一本が柱よりもなお太い。とてつもなく巨大な物体が伸びたのである。

続いて掌。手首。その先までが、影の中から姿を現した。まるで水面下から水上に顔を出すように。

それだけで巨大な建築物のごとき有様のは、飛行機械をまず掴み取るとた。まるでレモンを絞るように、あっさりと。

それで終わりではなかった。

破壊された飛行機械の残骸。それらがまるで生物であるかのように浮かび上がると、まだ生き残っていた神々や眷属に向けて一斉に襲い掛かったのである。

幾つもの鮮血が飛び散り、肉を貫く音が響き渡った。

やがて、最後の眷属が事切れた時点で、ローザは座り込んだ。

「私―――何をしたの?」

呟き、ローザは意識を失った。




―――西暦二〇五三年。フォレッティ級が誕生してから九年、人類製神格が初めて実戦投入された年の翌年。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る