囚われの子供たち

「お。村だ」「ほんとだ」「やった。休めるぞ」「きゅうけい」


【樹海の惑星 大陸東方 低緯度地域 農園】


のっぽ・ちびすけ・まんまるの三人組+ローザは歓声を上げた。

周囲は乾燥した丘陵地帯である。なだらかでどこまでも続くそこには、規則正しく樹木が植わっていた。

オリーブである。

いずれもかなり大きい。ここに植わって何十年も経つのだろう。時折草むらの間を鼠が走り、ウサギが顔を出しもする。上空では猛禽類が隙を狙っており、木のうろからは何らかの瞳がこちらをじっと見つめていた。

恐らく農園であろう。

途中の井戸で喉を潤した一行は、人里が近いことを確信していた。そしてついにはそれを発見したのである。山中での越冬ごし、四カ月ぶりの人間の集落だから興奮もひとしおだった。

「後は住んでるのがいい人なら言うことないんだけど」

「まあ本当にヤバくなったらローザがいるし」

「がんばる」

ローザは素手で羆すら倒す。ちょっとやそっとの暴力的な問題は腕力で解決できるだろう。楽観的である。

もちろんあくまでも緊急手段だったが。今までの旅でも何度も危険な相手と遭遇しているから冗談では済まない。

「そうだ。ローザ。顔」

「かくすよ」

一行は、柵で囲まれた十数戸ほどの集落へ足を踏み入れた。


  ◇


「こういうの、おばちゃんは『即堕ち二コマ』って呼んでた」

「どういう意味だよ。というか何語だよ」

「日本語らしいよ」

ちなみに会話は英語である。

ぐるぐるに縛られたまま、子供たちは転がっていた。

石造りの空間。物置きらしいが、そこに閉じ込められていたのである。村人に捕まった結果だった。

残念ながら暴力に訴える機会はなかった。相手も強力な暴力を備えていたからである。子供たちは銃と呼ばれる地球の武器のことを知っていた。ローザが羆に勝てるのは確かだが、銃に勝てるかどうかは分からない。だから銃で武装した村人におとなしく捕まったのである。

「それにしても困ったな。夜陰に乗じて逃げようと思ったのに」

「ローザを置いてはいけないよ」

「そもそもローザなしでどうやって逃げるの」

一行は分断されていた。明らかな異形を備えるローザは別に連れていかれたのである。

「そもそもあいつら、僕らをどうする気だろう」

「ひょっとして……自分たちの代わりに神々に引き渡す?」

「あり得るな…」

神々は子供や若者を連れて行く。人間の肉体を奪ったり、眷属の入れ物にしたりするのだ。もちろんそんな目に遭えばまず助からぬ。

「まあ神々が来るにしても今夜いきなりってことはないよ。きっと。それまでの間に何とかして逃げないと」

「とりあえずご飯は出るのかなあ」

「そういえば腹減った…」

子供たちは、待った。脱出の機会を。


  ◇


ローザは、外をぼーっと見ていた。

日が傾きつつある。ここは石造りの民家の一部屋。仲間たちは別の場所に連れていかれた。村のどこかだろうが、どこにいるかは分からない。迂闊な行動はできなかった。

村人たちが手にしていたのは自分たちで鋳造したらしい規格化されていない銃。フリントロック式だろうか?性能はさほど高いとは思えなかったが、問題は自分自身の性能が分からないことだった。銃弾が飛んできたとして避けられるのか避けられないのか。弾が当たっても平気なのか死んでしまうのか。仲間たちに当たるのを阻止できるのか。そこが分からないのでおとなしく虜囚の身となったのだ。

当人はまさか、その気になれば村中の人間の脳に手を加え、意のままに操る能力が自分に備わっているなどとは露ほども思わない。

仲間を連れて逃げ出す算段をしていたローザは、だから扉が開くのに気付くのに遅れた。

「うわあ。本当に角が生えてる」

入ってきたのは、仲間たちと同年代かやや年上の少女。ゆるくウェーブした髪が印象的だ。

彼女が手にしていたのは粥の入った椀。中身の穀類はモロコシソルガムであろうか?乾燥に強い植物であり、このような地中海性気候の地域で栽培されているとするなら納得も行く。

扉の向こうには見張りらしい男がいる。少女を人質にするのは不可能ではなかろうが、時期尚早だろう。

「はい。ご飯。食べられるのかどうかは知らないけど。というか、私が言ってること分かる?」

「分かるよ。人間の言葉は話せるよ」

「うわ。びっくりした。あなた人間みたいに喋るんだ」

少女は驚いたようだった。獣相を備えたローザのような存在を見るのは初めてなのだろう。

そんな少女に対し、ローザは疑問を口にした。

「私たちをどうするの?」

「うーん。お父さんたちは、神々に引き渡すって言ってる。私の代わりに」

「……」

「もう神々が来るの。わたしを差し出すしかないってみんな言ってたけど、そこにあなた達が来たの」

「もう?」

「うん。今夜」

「―――!」

「でも安心して。あなたは差し出さないから。だってこんな毛むくじゃらで角が生えてるもの。神々に見せて怒り出したら困るし。お仲間だってひとりしか連れていかれないかもしれない。三人とも連れてかれるかもしれないけど。神々が去って行ったあと、残ってたひとは解放してあげる。次に神々が来るまで養っておく余裕なんてないもの」

「酷いよ」

「そうね。でも恨むなら今日この村に来た運の悪さを恨んで。

じゃあね」

告げると、少女は扉の向こうに消えて行った。入口が閉じ、しっかりと見張りが立つ。

それを見送ると、ローザは頭をフル回転させた。この牢獄から、仲間たちと共に逃げ出すために。猶予はもう、ほとんどない。




―――西暦二〇五三年三月。最後の門が閉じてから三十五年、新たに門が開いて一年あまり経過した日の出来事。

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