機械化兵vs強化人間

「脳内加速装置を最大にしろ!三秒後に射撃中止。突っ込むぞ!!」


【神々の世界北半球中央大陸北東沿岸地域】


「……置いていけ。お前まで死ぬぞ」

「そんなこたあない。頑張れ。救援部隊はきっともうすぐのはずだ」

パイロットは、崩れ落ちそうになる相棒を支えた。

国連軍が四十六番門を破壊してもう半日になる。この目で確認したから神々が開通寸前まで復旧を進めていた門展開施設が吹っ飛んだのは確かだ。戦いは人類の勝利に終わった。被害も戦闘の規模からすれば小さかった。良いことずくめだ。

唯一問題があるとすれば、パイロットとその相棒が乗っていた気圏戦闘機が撃墜されたということくらいのものだろう。門襲撃部隊は可能な限り味方を回収していったが何しろ敵地である。敵の援軍がやってくる前に撤退せねば全滅の憂き目にあう。残念ながらパイロットたちは置いてけぼりを喰ったのだった。現在は頭の中に叩き込んで来た、救出部隊との合流地点の中でも最も近い場所へと向かう際中だ。

天を見上げる。

輝く硝子ガラスの天井だった。

それは、樹海の木々の枝葉が重なり合うことによって作り出す樹冠。信じられないほどに美しい、陽光を乱反射させる分厚い層が出来上がっているのだ。

生態系が極相に達しているのだろう。下生えもなく、大木が距離を置いて立っている光景は幻想的ですらあった。

だがここは死の世界。もはや生命が死に絶え、最後に生き残った木々もいずれ命尽きて何者もいなくなる定めの世界だ。

ここで死んだら、生命の循環からさえ取り残される。

ふとそんなことを考えてパイロットは身震い。縁起でもない。

と。

「―――うしろ」

「!?」

遠い。だが、咆哮。いや、叫び声か、あれは?

もちろんそんなものを後方から発する存在など、ひとつしか心当たりはない。

「―――もう一回言う。置いていけ」

「やなこった!」

負傷した相棒を背負うと、パイロットは踏み出した。可能な限りの速度を発揮する。背後からの声はだんだんはっきりとしてくる。やがては足音も聞こえてくる。あれはロボットどもだろうか。振り返る暇も惜しんで走る。つんのめる。なんとか立て直す。まずい。足首をやった。速度が落ちる。激痛。限界が近い。追いつかれる。

―――死ぬ。

それでもパイロットは前を見つめていた。生き延びるために。足を踏み出すために。

だから彼は、見ることができた。前方から疾風のように飛び出してきた、兵士たちの姿を。

「―――伏せろ!!」

相棒ともども倒れるのと、幾つもの火線が前から伸びて来たのは同時。

助けは、来たのだ。その事実をパイロットと相棒は悟った。


  ◇


「―――隠れろ!味方を呼べ!!攻撃を受けている!!」

敵の生存者を捜索していた神々の士官は部下に怒鳴ると自らも遮蔽を取った。大樹の背後に潜んだのである。続いて歩兵ロボットたちに反撃を命令。十二体の自動殺戮機械が散開、ネットワークによって連結された低位機械知能が自立的に攻撃を開始した。本隊の演算支援を受けられればこやつらはかなり賢く立ち回るが、樹海の中ではそれはできない相談だ。木々が電磁波を乱反射させるため、通信回線は細い。

故に士官は叫んだ。

「脳内加速装置を最大にしろ!三秒後に射撃中止。突っ込むぞ!!」

機械化された肉体を持つ神々の高速戦闘型全身義体化フルボーグ兵たちの数は士官自身を含めて四。それはきっかり三つ数えた直後に飛び出した。

踏み込む。空気が重い。銃弾が止まって見える。体が浮かび上がりそうになる。一歩。二歩目で極端な前傾姿勢。三歩目で前へ跳躍。

士官は、亜音速の世界へと突入した。

前方から伸びてくる火線は十以上。問題ない。四十六番門を吹っ飛ばした礼をしてやらねば。まずはあの、倒れているふたりのヒトから血祭りにあげてくれる。いや。なんだ。こちらの前に立ちふさがったのは―――生身のヒト?

腰を落とし、武器を持たぬそいつは徒手格闘の構え。愚かな。亜音速のフルボーグを素手で倒すつもりか。例え神格と言えどもこの態勢では無事では済まぬ。部下たちも同じ感想を持ったか、左右よりそいつに襲い掛かる。この速度ではナイフ一本と言えども戦車を切り裂く凶器となる。ズタズタに切り裂かれるがいい。

士官が思い描いた未来。それが訪れることはなかった。

何故ならば、無手のヒトはほんの少し態勢を傾け、両腕を動かしただけで二方向から来る亜音速の突進をいなし、投げ飛ばしたからである。

姿勢を崩し、無様に木々へと激突する部下たち。

「―――!?」

士官は、先の二人よりはマシだった。同様に突っ込みそして投げ飛ばされたとはいえ、それを予期して空中で態勢を整える余地があったからである。

大樹を蹴って着地。速度を生かして十メートルの距離を超え、敵の射線より身を隠す。

「―――隊長!?」

「馬鹿、足を止めるな!!」

動揺したか、残ったひとりの部下が動きを止めたところを撃ち倒された。弾薬は強壮薬だろう。無事では済むまい。

だが、動揺していたのは士官も同じだった。身を隠した大樹の裏側に敵が迫っていたことに気付かなかったからである。

衝撃。

樹をしてきた衝撃に弾き飛ばされた士官は、見た。大樹の向こう側から姿を現した、迷彩服に身を包む屈強なヒトの姿を。

事ここに至り、ようやく士官も敵の正体を悟った。生理的な強化と遺伝子改造によってその戦闘能力を極限まで増大させられた人間―――

強化人間ブーステッドマン……っ!」

起き上がった士官に対して強化人間は。コンパクトで強烈な打撃が立て続けに放たれる。それは士官の加速された知覚にとって捉えるに十分な速度だったが、しかし驚くほどに無駄がない。詰将棋のようなものだ。見えていても隙が見いだせない。ひたすら防御に徹する士官。追い詰められていく。機械化された四肢が悲鳴を上げ、骨格がきしむ。人体と同様神々の義体も前に出る際に最大限のパワーを発揮するよう設計されている。後退しながら亜音速など出せようはずもない。

十数回目の攻撃を受けそこなった直後。士官は無様に投げ飛ばされた。馬乗りにされる。敵手が素早くナイフを抜き放つ。そいつが士官の首目掛けて振り下ろされ―――

士官の意識は、死の闇に包まれていった。


  ◇


「よくやった。マッケンジー軍曹」

「何とかなってよかったです。さすがにひやひやしました」

ナダル少佐は大金星を挙げた部下を賞賛した。人類の軍事史における身体強化者用格闘術の先駆者はサラ・チェンをはじめとする人類側神格たちである。彼女は数多くの人類製神格にその技を伝授する過程で自身の技術も向上させていったと言われているが、その教えを授かったのは知性強化動物だけではない。直接間接様々な形で多くの戦士が影響を受けた。この男もそのうちのひとりだ。

周囲を見回す。部下たちが要救助者を担ぎ上げているところだ。さっさと撤収するべきだろう。同様のチームが他にも複数動いているが、神々は草の根をかき分けてでもそれらを探し出そうとするはずだ。このあたりに浸透している部隊の多くは一度引き上げる予定だった。

もちろん、ほとぼりが冷めた頃にまた戻ってくるのだが。

「さあ。さっさと引き上げるぞ。これ以上敵が来たらかなわん」

「了解です、少佐」

目的を果たした男たちは、その場を風のように立ち去っていった。

後には幾つものロボットの残骸。そして神々の屍のみが残された。




―――西暦二〇五三年三月。人類史上初めて身体強化者の武術家が出現してから三十七年目、四十六番門が破壊された直後の出来事。

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