艦隊戦

「さ。国連軍初の艦隊戦だよ」


【コンテ・ディ・カブール級宇宙戦艦一番艦 コンテ・ディ・カブール ブリッジ】


宇宙船に、余計なものなどない。

だからその空間は驚くほどに狭かった。全長三百メートルを超え、神格を除くいかなる兵器をも超えるエンジン出力を誇り、多重の防御システムに守られ、軌道上から地表の大都市を灰にすることが可能な超兵器と言えども。

その中枢。ブリッジの真ん中に設置された司令官席で、リスカムはモニターを見上げていた。

要員は数少ない。ここにいるのは四名だけだ。いずれも軽宇宙服に身を包み、ヘルメットのシールドを下ろしている。分散システムを採用している宇宙戦艦は基本的に乗組員を各所へと分けて配置していた。このブリッジがやられても他の箇所の要員に指揮が引き継がれる仕組みである。

「―――目標地点上に接近中。間もなく観測可能となります」

「うん。そのまま監視続けて。単縦陣を維持。そろそろお出迎えがあるはずだから注意して」

「了解」

別のブリッジにいる艦長の緊張した声に応え、現在の航行情報を確認。後続の宇宙戦艦は五隻。惑星の軌道上を一列に並んで軌道速度で周回している計算になる。実際には惑星は自転しているから、その同一地点上を通過できるよう軌道はそれぞれずれているが。

宇宙船は、一時たりとも止まることができない。重力に抗うには速度がもたらす遠心力が必要だからだ。だから、地表の特定の地点で作戦行動する部隊を継続的に支援しようとすれば必然、複数の船が絶え間なく通り過ぎる形をとらざるを得ない。

リスカムの任務は、この一列に並んだ艦隊をいかに守るかだった。それも、可能な限り列を乱さずに。

特にこのコンテ・ディ・カブールの役目は重要だ。人類の門から弾道軌道で飛び立つ神格部隊及び気圏戦闘機群。彼らが目的地。神々が復活させようとしている四十六番門を上手く強襲できるかどうかは、この艦による最後の偵察にかかっている。

もちろん、敵はそんなことは承知していた。

「右舷斜め下方より加速中の金属反応。ずいぶん早い。本艦の上を通ります。―――いえ、二つに分離。片方は大きく減速中。このままでは本艦直上にします」

遠心力と重力のバランスは極めて精妙だ。速度を上げただけで重力を振り切って上昇し、減速すればそれはそのまま落下することを意味していた。問題の金属反応は加速してこちらの上を取りつつ、切り離した物体を減速させて投下、ぶつけてくる算段に違いない。

「艦長。軌道交差戦用意。対象を敵と認定」

「了解。測的長。敵艦の種別と攻撃手段の特定は?」

「軌道爆雷と推定されます。大型艦の可能性極めて大。駆逐艦ないし巡航艦と思しい」

「了解した。砲雷撃戦用意。主砲を活性化させろ。目標、軌道爆雷。奴を減速終了前に破壊するぞ。同時に対艦ミサイル。敵艦へお見舞いしてやれ」

「了解。砲雷撃戦用意」

素早く攻撃プランが練り上げられ、命令となり、乗組員たちによって実現されていく。高い練度のなせるわざだった。その様子に、リスカムは満足そうな視線を向ける。

コンテ・ディ・カブールの船体がわずかに回転。上面に据え付けられた連装砲塔二基は高出力のレーザー砲だが、強靭な耐熱セラミックと優れたダメージコントロールをはじめとする各種システムによって防御された神々の宇宙戦艦を撃破するのは容易なことではない。だが、比較的安価な使い捨て兵器である軌道爆雷は異なる。この機械は化学ロケットと低機能な人工知能、そして自身を破壊し飛び散らせるに足るだけの爆薬だけが積み込まれた無人宇宙船とでも呼ぶべき宇宙機だ。母艦が与えた運動エネルギーそれ自体を破壊力の源とするこの武装は、目標を包み込めるだけの範囲に破片をまき散らすことで命中率を上げるのだ。目標と交差する軌道に乗った時点で自爆するのである。だから、それ以前に破壊してしまえばこちらに命中することはない。

大出力のレーザー砲が、照準をつけ終わったことを示すサインが砲術長のコンソールに表示された。

「撃てます」

「よし。発射。続けてミサイル投射」

艦の核融合エンジンより、膨大なエネルギーが砲塔へと流れ込みそしてレーザーへと変換された。

瞬時に照準出力から攻撃出力へと変化したレーザー光線に、軌道爆雷は耐えられない。その五十メートルもある巨体は一瞬と持ちこたえられずに貫通され、四つの穴が開いた直後。

大爆発を起こした。あのぶんでは破片がこちらに命中することはあるまい。

続けてコンテ・ディ・カブールの背から投射されたのは、ミサイル。

それは自ら加速すると、敵艦の上昇する軌道と交差するルートへ突っ込んでいく。

二つの双曲線が交わる軌道が、リスカムの視界に表示された。もっともそうはならないだろう。何故ならば、敵艦は加速を停止したからである。一方のミサイルも加速を停止。スラスターを吹かして再度敵の予測軌道へ機首を向けるが、間に合わないだろう。

「敵艦、このままですとこちらの後方を通過します」

「―――こちらのエンジンを狙う気か。艦長」

「はっ。攪乱幕準備。全加速停止用意」

敵艦の未来攻撃位置が即座に算出され、その位置からの攻撃に向けての防御の算段が始められる。

艦尾の投射器ランチャーが旋回し、一発の小さな円筒を投射した。

それは適度な距離を取ったと判断した時点で自爆。中身をまき散らした。

破片ではない。各種の反射材や吸収剤をブレンドした煙幕である。それは強力なエネルギー攻撃を吸収して減衰してくれるし、レーダーをも吸い取って向こう側の様子を隠す煙幕としての役割を果たす。

コンテ・ディ・カブールの後方を流れていく敵艦は、四基あるレーザー砲の照射を開始。されどその破壊力は、攪乱幕という障害にぶつかってその本来の破壊力を発揮できない。それでも何発ものレーザー照射が攪乱幕をスカスカにしていくが、その向こうの宇宙戦艦は自らの目的。敵艦の撃沈よりも優先度の高い任務を開始した。

すなわち、地表面の観測による強襲部隊の支援という任務を。

そうして得られた情報は後続の艦にリレーされていき、既に弾道飛行中の部隊へと届いた。

やがて敵艦が後方を通り過ぎた。攪乱幕の陰から出て、コンテ・ディ・カブールからの観測が可能になる。そこにいたのはまるで傘を小さくしたキノコのような形状の宇宙駆逐艦である。

あれ一隻ではあるまい。艦隊を攻撃するのに単艦ということはありえないからだ。

攻撃位置を逸した両艦はそのまま離れていく。されどこれから後方で、同様のことがあと何回も繰り返されるだろう。

事ここに至っては、リスカムに出来ることはあまりない。艦隊司令官としての準備は作戦開始前にすべて終えて来た。後は、微調整をしていくだけだ。

作戦の成功を、リスカムは司令官席から祈った。




―――西暦二〇五三年三月、開通前の四十六番門が破壊される直前、人類史上初めて対艦隊戦が実行された翌年の出来事。

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