接ぎ木が繋ぐ過去と未来

「ペレちゃん、見てみろ。ふたつの世界の生命の融合だ」


【イタリア共和国 エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】


「ニコラ?」

にゅ。と上から顔を出したペレに、ニコラは苦笑した。どうも手元の作業が気になったらしい。

テーブルへと置かれたタブレットに映し出されていたのは、一葉の写真。この世のものとも思えぬ木々を遠景とする、村落の様子に見えた。

異世界から送られてきた画像だった。

「おう。リスカムからな。元気だとよ」

「リスカム!」

ペレは顔を輝かせると、画面へ顔を近づける。その様子からは外見年齢相当の少女にしか見えない。かつて戦場で畏れられ、技術の進歩した今でさえ最新鋭の神格と互角以上に渡り合う、推定年齢八十~九十歳の女神にはとても見えなかった。

一方のニコラは老いた。今だ健康とはいえ、もう百歳になる。多くのことが起きた百年だった。平凡な農家で終わるはずの人生は、そうはならなかった。モニカの失踪に始まり、神々の侵攻。天照の演説とそれに端を発する人類の反撃。ジュリオは駆逐艦に乗り込んで戦い、モニカはペレを連れて英雄として帰還した。ゴールドマンとの出会いとリスカムを受け入れたあの日。目まぐるしく進歩していくテクノロジー。そして、今。門は再び開通し、ジュリオの忘れ形見を生きているうちに見ることが叶った。できれば、今の戦争の終わりを生きて迎えることができればよいのだが。それも、リスカムや多くの顔見知りが無事でいてくれればなお、言うことはない。ベルッチ家を訪れた知性強化動物たちもそうだし、この島からも何人もの若者が戦場に向かった。

タブレットをペレの方に向けてやりながら、画面をスワイプ。

「リスカムがな。向こうで面白いもんを見つけたって言って送ってきたんだ」

「おもしろい?」

「ああ。見ろ。接ぎ木だ」

それは、ありきたりな技術だった。少なくとも農家にとっては。土台の苗に異種の作物を繋ぐことで、それぞれの利点を生かした一つの植物とすることができる古いテクノロジーである。比較的近縁の種同士でなければ本来は繋がることはないが、遺伝子戦争後には間にタバコをはじめとする様々な植物を媒介に遠い植物同士でも接合できる事がわかっている。

だが。写真を撮ったリスカムが注目したのはそこではない。

村落の畑であろう土地で接ぎ木されていたのは、下が地球の作物。上部は神々の世界の植物であったから。

「向こうの人間が工夫したんだろうな。見てみろ。ふたつの世界の生命の融合だ」

「すごい」

ペレもその事実の意味を理解したのだろう。向こうの世界の滅亡しかけた植物が、地球の。荒々しく生命力に満ちた植物を土台とすることで、瑞々しさを保っているのだ。

それは一つの奇蹟にも思えた。

「リスカムが戻ってきたら、あっちの話を聞かなきゃなあ」

「聞く」

よっこいしょ。と立ち上がる。タブレットを置く。そろそろ仕事の時間だった。続きは戻ってからだ。

「さ。仕事しようぜ」

「しごと!!」

ふたりは、リビングを出て行った。




―――西暦二〇五三年。ふたつの世界の生命が初めて交わってから二百年あまり経ったある日の出来事。

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