滅亡の足音

「二千年後には、我々は人類の歴史書にだけその痕跡を留める種族になるだろう。あんたは、それでいいっていうのか」


【イギリスコッツウォルズ地方 捕虜収容所集会所】


「はえええ。なんじゃこりゃ」

コ=ツィオは飾り付けに困惑した。

集会所を彩るのはリースやツリー。モール。ジンジャーブレッド。いわゆるクリスマスのそれだが、そうではないものも多分に存在している。神々の世界の風習。その中でも最もメジャーな年越し祭の意匠が見られた。神々の世界と地球は公転周期が微妙に異なるので徐々に年末年始はずれていくが、近年は比較的近接している。

「驚いたかい」

振り向いたコ=ツィオの視線の先。佇んでいたのはドワ=ソグであった。

「驚いたというか、ごちゃ混ぜだな」

「我々は出身地も言語も、もちろん文化も様々だからね。幸い年末を祝う風習は共通しているし、人類もこの時期を祝う風習がある。クリスマス。知っているかな」

「名前しか知らないが、まあ俺たちと同じようなことを人間もやるというのは分かる」

「クリスマスを祝うための品々は人類が提供してくれるからね。我々は故郷を忘れない為に、そこに色々と混ぜ込むようになったのさ。徐々にアレンジしていってね」

「文化が年越し祭の晩に混じり合う、まさにその瞬間にいるのか。俺たちは」

「そうとも言える」

ドワ=ソグ。この男は博識だ。指導力もあり、判断も的確かつ公平。新参者のコ=ツィオから見るとこの男が実質的なここのまとめ役に見えるが、それも納得がいく。恐らく故郷では高い地位にいたのだろう。誰に聞いても話を濁すあたり相当な、そしてヒトにバレるとまずい立場に。そのことを悟ってからはコ=ツィオも追求することはやめにした。

「今年は色々とあった」

「まったくだ。来年はどうなる事やら」

「故郷にとっては災難が続くだろうな。今年は最悪の年越し祭を過ごしたようだし」

“史上最悪の年越し祭”は人類が盛んに喧伝している戦果の一つである。神々の一大拠点である軍港を年越し祭の晩に陥落させたとかなんとか。人間たちは開戦当初捕虜への情報源となるテレビ放送を制限していたが、連戦連勝となると風向きは変わった。今では普通に集会所のテレビでニュースを見ることができる。恐らく事実だろう。と言うのはドワ=ソグの妻であるムウ=ナの分析である。何しろ捕虜収容所の待遇はいささかも悪化していない。負けが込んでいるなら真っ先に削られても不思議ではなかった。後からやってくる捕虜の話もそれを裏付けている。

「この戦、どうなることか」

「人類は我々が降伏するまで戦う気じゃあないかな。妻の受け売りだがね」

その言葉に、コ=ツィオは天を仰いだ。時たま空を渡っていく巨神の姿は彼に畏怖の念を抱かせる。神々の眷属に人類が畏怖すると言う役割が与えられたのと同様に。奴らの恐ろしさをこの神は戦場で散々思い知っていた。信じられないほどの性能だった。

「降伏してどうなる?千年後には我々は文明を維持するのも困難になっているだろう。二千年後には絶滅しているだろう。人類の歴史書にだけ、その痕跡を残すのか?」

「恐らくそうだ。そしてそれですら、きっと最悪じゃあない。かつて故郷では、多くの文明がその痕跡すら残さず消え去った。攻め滅ぼされたり、疫病。災害。様々な要因で多くの民族がバラバラになり、国家が滅んだ。その大半は痕跡すらろくに残さず。最も幸運な場合で、異民族の史書に名を留める程度となった。それが世界規模になるだけだ。思い出せ。我々は元々滅びる筈だった。それを思えば、これがどれほど幸運なことか」

「……あんたはそれを、息子にも言えるのかい?」

ふたりの視線の先にいたのは、母とともに飾り付けを行なっている少年の姿。ムウ=ナとグ=ラスだった。

「だからこそ私たちは、息子を人類に委ねたんだ。まだ、未来のある種族に」

「それがあんたらの答えか」

「そうだ。失望したかい?」

「いや。……最近あんたたちの考え方が分かってきた気がするよ」

コ=ツィオは深くため息をついた。人類はため息をすると幸福が逃げていくと信じているらしい。知ったことか。もうこれ以上逃げていく幸せなどありはしない。

「ま、来年は無理でもその先は。ちったあ良くなることに期待しよう」

「まったくだ」

二人の男は頷きあうと、飾り付けに加わった。




―――西暦二〇五二年。神々の文明の滅亡が運命付けられた年の出来事。

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