月夜の急襲

―――駄目だ。あんなものに勝てるわけがない。


樹海の惑星グ=ラス南半球 西方大陸東岸 軍港】


月夜だった。

地球と異なり、まるで砕けて幾つにも分かれたような姿のそれらは太古の昔からこの星の周囲を巡ってきた。主である月が他の月の質量を無視できるほどに大きいために地球の同族とほぼ同じ役割を担ってきたこの天体は、神々も様々な想いと共に見上げて来た歴史を持つ。

今、歩哨に立っている鳥相の男もそうだった。

切り立った谷間の船渠ドックの真上は良い天気だ。その中心に位置する月を、彼はぼおっと眺めていた。

風が冷たい。ここは大陸でもかなり南側に位置する。とはいっても現在主戦場の海域には大陸の南端、岬部分を回って西に回り込まねばならないが。氷河によって浸食された、いわゆるフィヨルド。極めて複雑で入り組んだ地形の奥に設けられた軍港の一部分である。このあたり一帯に分布する多数の細長い湾、一つ一つに軍艦が収まる設備が整備されているのだ。神々の一大軍事拠点である。

鋭角的な軍艦の収まる超近代的な施設の監視所で、歩哨はぶるり。と震えていた。何が悲しくてこのハイテク戦争の最中にこのような原始的な任務をやらねばならないのか。しかも今夜は年越しの祭りの日だというのに。せめて寒さは何とかしてほしい。

しかし過去の戦訓は言っている。歩哨は必要だ。相手が狡猾で高度なテクノロジーを保持した人類である場合は特に。

そんなわけで、高度な工業力によって縫製された軍服の上からコートを羽織り、規格化された銃器を肩から下げ、化学反応で熱を生じる懐炉で懐を温め、何百万年も前から続けられてきた警戒という業務を、二千年あまりの歴史を誇る年越しの祭りの晩に続行する歩哨はくしゃみ。この監視所は切り立った斜面に設けられている。ドック内を見渡せる好都合な場所だが、風の吹きつけ具合は尋常ではない。

早く交代の時間が来ることを願っていた彼が鼻をすすった時、事件は起こった。

谷間に突如響き渡ったのは警報音。ゆっくりとした重低音は聞く者の不安を掻き立てる。

「―――なんだ!?」

目を凝らす。周囲を見回す。サーチライトが照らし出す海の側に視線を向け―――異物を発見した。

航跡。水中を何かが突き進んでいる。何だあのデカさは。どうしてここまで接近されるまで警報が鳴らなかった?

疑問に対する答えはすぐに明らかとされた。

突っ込んで来たはそのまま停泊していた軍艦に激突、

凄まじい衝撃音が響き渡った。

十万トン近いはずの巨船が、斜めに

この段階でようやく軍艦は動き出した。動かせる火砲を活性化させ、射撃を開始したのである。対空砲が明後日の方向に弾幕を張り、レールガン砲塔が砲身を右往左往させる。いっそ滑稽ともいえる姿であったが、歩哨は笑う気にはなれなかった。

膨大な海水を全身から垂れ流しつつ、軍艦を化け物の姿を、見てしまったから。

それは、怪獣であった。暗灰色で細長く、短い両腕とがっしりした両脚を備え、長い尻尾で体を支える、百メートルもの彫像がまるで生き物のように動いているのだ。

異様な光景であった。予備知識がなければとても現実の光景とは思えなかったろう。だが、そいつは事実そこにいた。二万トンの巨体で。

怪獣は、軍艦を。自身よりもさらに巨大な、三百メートル以上もある破壊兵器を無造作に引きずり上げたのである。

そいつは頭上で支えられた敵の届かぬ反撃など一切無視して、無造作に軍艦を

驚くほどにゆったりとした飛翔。

軍艦はやがて歩哨と反対側の斜面に激突。四散していく。

この段階で歩哨は、ようやく怪獣が単体ではないことに気が付いた。そこかしこから聞こえてくる破壊音や激突音は、他の船渠でも同様の攻撃を受けている証拠だ!

とは言え無力な歩哨にはどうにもできない。せいぜい無線機に非常事態を伝えるだけだが、それすら誰か聞いている者がいるのやら。

怪獣は―――強襲揚陸戦用人類製第三世代型神格"G"は、軍艦が破壊されたのを確認すると全身をくねらせるように船渠内を睥睨。更には全身の原子を励起させ始めた。

次の瞬間。

閃光が迸った。

怪獣がのは強烈なレーザー光。膨大なエネルギーの奔流は施設内部を斜めに薙ぎ払い、命中した地点を切り裂いていき、蒸発させたのである。

恐るべき威力だった。

一挙に何度も上昇した谷間の気温。先ほどの願いが叶った事実にむしろ身震いしながら歩哨は思う。もしこちらをわずかでもかすめていれば、生命はなかったに違いない。地球人どもめ。なんて化け物を作りやがった。味方の神格は何をしてやがる―――

彼の想いは天に通じたか。どん。どん。どんっ!という地響きと共に、月光が陰った。

見上げた歩哨の視界を横切ったのは、背後の山を向こうから駆け上がってきたのであろうエメラルドグリーンの巨体。一万トンの質量と五十メートルの図体を備え、剣で武装し兜と盾で身を守った女神像が、"G"の真上へと飛び出したのである。

ダイナミックな挙動で翼を広げたは真下の敵に対して剣を突き出すと、全身の構成原子を励起。発した原子光を束ね、剣先より放射した。

怪獣は、先ほど自らが放ったのと同じ高エネルギーを自ら浴びる事となった。

凄まじい発光が歩哨の目を焼く。先ほどの怪獣のレーザーと併せた威力で一時的に彼が視力を喪失したのはほんの一瞬。

それが回復した時、勝敗は決していた―――ように見えた。だが違う。

眷属はいまだ空中。対する怪獣は、その背びれの根元に穴が開いていた。まるでクレーターのような醜い傷跡はしかし小さい。致命傷には程遠いダメージに過ぎなかったのである。眷属のレーザーは間違いなく直撃だったというのに。

恐るべき防御力であった。

眷属が反対側の斜面へ着地しようとする刹那。"G"は動いた。

恐るべき速度で振るわれた尻尾。それは女神像を模した眷属を激しく打ち据え、地面へと叩きつける。そこへ"G"。

敵を引きずり起こし、兜で隠された顔に向けて口を開いた怪獣は全身の構成原子を再度励起させると、お返しとばかりにレーザーを吐き出したのである。

眷属は、ただでは済まなかった。

兜が蒸発。頭部が一瞬で溶け落ち、首を貫通して体が左右に両断された。まるでべろん。と擬音が聞こえてきそうな有様だ。たちまち股下まで貫通して文字通りとなった眷属の巨体は、構成する分子機械が壊死したか。末端が砕け散っただけで溶けた様子を留める姿を晒す。もちろん神格は即死であろう。

あまりと言えばあまりの性能差に、歩哨は茫然となった。駄目だ。あんなものに勝てる道理がない。圧倒的な火力。鉄壁の防御力。優れた運動性。強力なパワー。警戒厳重な軍港に忍び寄れるステルス性。あらゆる機能が高水準でまとまっている。

そんな歩哨の内心をよそに、勝利の咆哮を上げる怪獣。

やがてそいつは満足したか咆哮をやめると、谷間を再び睥睨。

―――

巡らせていく頭部が止まった。間違いない。"G"は歩哨と視線が交わり合った瞬間、その頭部の動きを止めたのである。

ほんの一瞬。されど歩哨にとっては寿命が縮まる、永遠にも等しい一瞬だった。

やがて踵を返し、海に戻っていく"G"。他の船渠を襲いに行くのだろうか。

歩哨は、その場にへたり込んだ。それは、あとからやってきた国連軍の上陸部隊に拘束されるまで続いた。




―――西暦二〇五二年十二月。神々の祭日の夜に。樹海大戦終戦の十五年前、門が開いてから九カ月が経った日の出来事。

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