平和を招く者

「僕から助言できる事があるとするなら、貰えるものは貰っておけ。これに尽きる」


【日本国東京都千代田区 都築燈火家】


「燈火。鳴ってるよ、電話。お兄さんから。どうしたのかなこんな時間に」

「……ありがとう、エスス。よっ。と」

既にうとうとしていた燈火は布団から身を起こすと、同居人から電話を受け取った。見れば確かに発信者は都築刀祢となっている。通話ボタンをポチ。

「もしもし。僕だけど。どうしたのさ兄さん」

「ニュース見たか?」

「いや?見てないけど」

起き上がり、隣室に行ってテレビの主電源を入れる。

映し出されたのは、今年のノーベル賞受賞者の話題だった。今年は門開通と開戦の影響もあって発表が遅れていたが、授賞式は例年通りに行うと発表があったはずだ。連日受賞者が発表されて周囲でも話題になっていた。医学・生理学賞で日本の科学者―――父と共に人類初の知性強化動物開発に関わっていた者の中でも中心的な人々が選ばれた、と発表されたのを皮切りに、物理学賞では同じく小柴正治博士他神格開発に尽力した科学者、とくれば政治的な意図が感じられるのは確かであったが。研究内容・功績いずれも十分なのは間違いなく、更には年齢的にもそろそろと言われてはいた。ノーベル賞の選考過程は五十年後に公開されるため公的には候補は存在しないが、それはそれとして相応しい功績を持った人間が世間では"候補"と呼ばれるのである。そういった人間は結構な数になるため、基本的には順番待ちとなる。高齢になるまで生き延びていた者が受賞するのだった。

医学・生理学賞、物理学賞が発表された後は化学賞、文学賞、と一日ごとに発表され、今日は平和賞だったはず。

「お前の名前が出てる」

「……へ?」

珍しく間抜けな声を出す燈火。それはそうだろう。自分は平和に資することなど何もやっていない。むしろ戦争を起こした側である。向こうに囚われた人々を救助してもらうための行動だとは言っても。

テレビをよく見ていると、確かに兄と同じことを言っていた。

「正確にはお前を代表とする団体、だな。ヘルさんたち全員を含むんじゃないかこれは」

「……なんでまた僕らなんかに」

「平和賞は一番政治的な性格の強い賞だからなあ」

電話の向こうで、兄は苦笑したようだった。

「受賞後の政治的状況を誘引する目的じゃあないかとは思うよ。今は人類が一丸となって戦わなきゃいけない時期だからな。

それにお前たちは何千万、一億人近い人命を救うために尽力した。ともいえるだろう?」

「まあそりゃあそうだけど」

「参考までに。志織さん、知ってるだろ。彼女も受賞してるぞ、平和賞。2019年か20年だったと思うが」

「マジか……」

「まあ、明日から大変だと思うが頑張ってくれ」

「既に普段から大変だからそれはいいんだけどね。そうか。よりにもよって僕らか……」

「僕からアドバイスしておくとすれば、とりあえず貰えるもんは貰っておけ。それがお前たちのやってきたこと、これからやろうとしていることの役に立つ」

「そうするよ。ありがとう」

「じゃあな。お休み」

「お休み、兄さん」

そこで通話は途切れる。

燈火が振り返ると、立っていたのは同居人の少女のひとり。この三十年あまり一緒にやってきた双子の片割れが、こちらを見ていた。人類側神格エスス。ボブカットに切りそろえた髪にもこもこのパンダ柄パジャマを身に着けた彼女は一見女子高生だが、実年齢は五十三になる。

エススは、テレビを指さしながら訊ねた。

「今の電話、これ?」

「まさにこれだよ。僕らが受賞したってさ」

「うわあ。大変。それでお兄さんはなんて?」

「貰えるものは貰っとけ。だってさ」

「なるほどねえ。ドレス準備しとかなきゃ」

「スピーチもだなあ。大変だ」

「ま、みんなで考えましょ。明日にでも」

「そうしよう」

寝床に戻るふたり。

日本政府が燈火と仲間たちのために用意した二階建ての日本家屋はやや古いが、子供を含む六人で住むにはちょうどいい物件だ。担当者は条件に合うものがこれしか見つからなかったと恐縮していたが、ありがたく利用していた。

「じゃあ、おやすみ。エスス」

「おやすみ、燈火」

ふすまが閉じられ、そして燈火は眠りに就いた。




―――西暦二〇五二年。ノーベル賞が創設されてから百五十七年目、都築燈火が門を開いてから七か月目の出来事。

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