蝙蝠と戦士
「私?私は―――戦士よ」
【ルーマニア トランシルヴァニア地方 シビウ県】
全体としては牧歌的な土地であった。
タクシーを降りた
しばしそれを見上げていたアスタロト。彼女はやがて、聖堂を守る城壁の門へと入っていった。
◇
ごろごろごろ。
子供が、転がっていった。
石造りのアーチの梁の下、やはり石畳でできた傾斜のある通路で遊んでいるのは異形の幼児たち。蝙蝠に似た顔を持ち、長いしっぽを備え、人間にそっくりな四肢があり、手のひらには肉球。洋服を着ており、くりんとした目はかわいらしい。
知性強化動物だった。体格からしてまだ生まれて一か月かそこら。人間でいうなら3~4歳といったところだろう。
転がった幼子は、何かに激突して停止。顔を上げた。
「……?」
見覚えのない人がそこにいた。黒髪で、目を閉じ、ゆったりとしたやはり黒いドレスを身にまとい、傍らには大きなスーツケースが浮かんでいる。女性に見えた。
誰だろう?
そう思う間もなく、相手から挨拶してきた。
「こんにちは」
「……?」
小首をかしげる幼子。
「わたしは、イレアナ。あなたはだあれ?」
「ミカエル」
ミカエルと名乗った幼子は、やはり頭に疑問符を浮かべたまま。
黒髪の女性はしゃがみ込むと、にっこり。
「みんな、ここで遊んでいるのね。素敵」
「すてき?」
「楽しそうってこと」
「たのしい!」
ミカエルは元気よく返事をした。褒められた気がしたからである。多分間違ってはいないだろう。
知性強化動物の子供は人懐っこい者が多い。そもそもの始まりである第一世代の時点で、社会性というものが最大限重視された結果だった。兵器としての生命体である。気性は穏やかで、パニックを起こさず、集団内の秩序に従うという特性が与えられているのだった。それにあと二、三付け加えれば家畜化の条件にも当てはまるだろう。それは人間と異種との共存の前提でもある。
その観点で言えば、知性強化動物こそが最新の、人間と共存する異種族であるとも考えることができた。
もちろんミカエルにはそんな難しいことはまだわからない。どれほど優れた潜在的知性があろうとも、脳の発達もそして経験もいまだ足りてはいないのだから。
それでも、ミカエルは考える。人間同様、ほかの人間や知性強化動物の脳と繋がりあい、干渉しあうように設計された頭脳を用いて。
「おねえさんは、たのしい?」
「そうね。うれしいかな。あなたと会えて」
「うれしい!ミカエルもうれしい」
不意に、抱きしめられた。
美しい女性の顔が間近になる。いいにおい。
「いい子ね……」
この期に及んで閉じられた瞼。それが気になって、ミカエルは相手の顔をなでる。
「気になる?」
「あけないの?」
「そうね。また今度にしましょう。びっくりしたら、大変だから」
「びっくりする?」
「ええ。
さ。私は奥に御用があるから」
「また会える?」
「きっとね」
別れようとしたところで、ミカエルはふと気付いた。肝心なことを聞いていないではないか。
「イレアナは、何をするひと?」
対する黒髪の少女神は微笑みそして、問いかけに答えた。
「戦士よ」
―――西暦二〇五二年。第一次門攻防戦から半年、蛇の女王と竜の大公が出会った日の出来事。
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