迷子の妖精

「何も分からない。私は……誰?」


樹海の惑星グ=ラス北半球 大草原地帯】


どこまでも広がる草原だった。

地形に沿って進んでいるのは三人の子供たちである。いや。今はそこに更にもう一人が加わる。のっぽの子供に背負われた小柄な少女は、上からフードをかぶせられて一見その容姿は分からない。上空からは、普通の人間に見えるだろう。実際、それを企図して被せられたものだったが。

昼夜を問わず歩き続けていた彼らは疲労困憊であった。

「……ねえ。そろそろ休まない?」

「駄目だ。こんな場所で子供だけなんて怪しまれる。神々に見つかったらこの子だけじゃあない。僕たちの身だって危ないぞ」

「じゃあなんで連れて来たのさ」

「置いてくるわけにはいかないだろう。そもそも僕たちを庇ったせいでこうなったのに」

「そりゃそうだけど……」

「それにこの子が目覚めたら、ひょっとしたらすぐに南まで行けるかも」

のっぽが背負っているのは、獣相を備え、二本の角が下向きに伸び、体中が毛に覆われ、尻尾を備えた小柄な女の子。手当を担当したのっぽ(男どもには後ろを向かせた)は、胴体の毛が少なく人間に近い肌が備わっていることを確認している。乳房が大小で二対、四つあったりしたが。背負ってみるとどうやら骨格の造りからして人間と異なるらしい。昨夜空から落ちて来た巨神の中身だった。降ってきた状況から考えて、どうやらこの子が"国連軍"に違いあるまい。こんな北で何をやっていたのかは分からないが。何しろ聞けない。

女の子は、今に至るまで意識を失っていたから。

「とはいえそろそろ休まないと、体がもたないぞ。

「……もうちょっと。もうちょっとだけ我慢するんだ」

「どうして」

問われたのっぽは、指をまっすぐ前方に向けた。

そこにいたのは、羊やヤギの群れ。そして、その主のものであろう。大きなテントが、建っていた。


  ◇


知らない天井だった。

全身がズキズキと痛む。頭がガンガンする。力が入らない。

獣神の少女は、首をほんの少しだけ傾けた。

天幕の中だろうか。羊毛のフェルトでできているように見える。積み上げられた荷物は紐で束ねられているよう。寝床は絨毯だろうか。

そして、傍らでこちらを見ていたのは知らない顔の人々。そのうちの長身の子供が、声をかけてきた。

「あ。目が覚めた?」

「……うん。ここは?」

「あなたが落ちてきたとこから歩いて南に一昼夜。あのままだとまずいと思ったから。ここで泊めてもらってるの」

「落ちた…?」

「覚えてないの?」

「うん。覚えてないよ。あなたはだれ?」

「僕たちはね。旅人。国連軍、のいるところ目指して旅してるの。ねえ。あなたは国連軍のひと?」

「…こくれんぐん?」

「違うの?」

「そうじゃないの。わからないの」

「分からない?」

「何も思い出せない。私はなに。なんなの」

「……マジ?」

「……うん」

長身の子供は、天を仰いだ。


  ◇


「どうぞ、召し上がれ」

「い、いただきます……」

方形の天幕だった。

シンプルな骨組みで支えられた布は家畜の毛から作られたフェルトであろう。内部には財産が積み上げられ、地面の冷気を絨毯が遮断している。入口側は開放型で、積み上げられた荷物が風除け。横向きに掘られた溝が炉として機能していた。

遊牧民のテントであった。

住民は子供たち+1名を快く受け入れた。言葉は通じなかったが身振り手振りでコミュニケーションを交わし、来た道を指さして何があったかを教えると相手も納得したのである。どうやらここまで昨日の戦いに伴う異変は確認できたらしい。さすがに獣人の女の子にはギョッとしていたが。

奥の荷物の間に女の子を隠すようにして寝かし、子供たちは夕食をご馳走になっていた。

出てきたのは革袋に入れた乳をゆすって作られた新鮮なチーズと、そして小麦や肉類を主体とする食事。夕日が沈みつつある中、子供たちは久しぶりのご馳走を噛みしめている。

天幕の主人は、その様子をじっと観察していた。

「こんな子供たちが旅か」

見た目には10代前半に見える。あの山羊のような獣の特徴を備える娘も。あの服装はどことなく見覚えがあった。地球の軍服。迷彩服に見える。徽章もついており、おそらく間違いない。地球と何か関わりがあるのだ。主人も噂は知っていた。地球から来た軍隊が神々と戦っていると。

本物を今日見るまで、話半分に聞いていたが。

子供たちは北の方から歩いてきたという。南の、人類の軍隊を目指して。その途中で娘を拾ったのだとも。言葉がわからないので半分当てずっぽうだが概ね合っているに違いない。こんな事ならもっと他の言語も勉強しておけば良かったが、主人がこちらにきたのは10代の頃だった。生きるので精一杯でそれどころではない。神々。そう名乗るあいつらの支配下で暮らしていくのも。奴らはここまで聞き込みに来るかもしれない。その時どうするべきか。

悩んでいる合間にも晩餐は終わった。昨日の騒ぎで不安になっていた家族も、何があったかを聞けて表面上は穏やかさを取り戻している。そこを踏まえればこの来客はよかったのだ、と思うことにした。どうにもならない事であっても何が起きたかを知れるのは精神衛生上良い。

食後にコーヒーを提供して、やがて眠る時間がやってくる。

客人たちを奥の空間に案内したところで、本日最後の来客が、やってきた。

天幕の外。光を放ち、ゆったりと周回しながら降りてきたのは超近代的な機械。大きさは輸送ヘリくらいか。用途も似たようなものだろう。主人は神々がそれを移動に使うという事実を知っていた。

「……中にいなさい」

不安そうにする家族や客人を制して立ち上がった主人は、開放された天幕の入り口から外へ出た。神々を出迎えるために。

「こんな夜更けにどうされましたかな」

機械から降りてきたのは、神々。長身を不可思議な戦衣で包み、鳥相を備え、人間の姿の眷属を二体引き連れた怪物がそこにいた。

そいつは、口を開くと主人に答えた。

「曲者を探している。不審な者を見なかったか。答えよ、人間」

「はて。不審と申されますと」

「明らかに人間ではない姿の者だ」

「人間ではない者。ふうむ。なら中で手当てし、休ませておりますが。あとは女と子供だけです。ご覧の通り、我々は山羊と羊を飼うのが生業でしてね」

「……確認しろ」

神の言葉に、眷属の一体。ボディスーツに身を包んだ屈強な男が、こちらの目を覗き込んだ。

途端。

頭を鷲掴みにされるような感覚を、主人は味わった。体が硬直し身動きが取れない。男は指一本こちらに触れていないというのに!

凄まじい圧力は数秒間続き、そして眷属は告げた。

「ここまでの発言に嘘はありません。より深く調べますか」

「いらん。時間の無駄だ。よそを当たるぞ」

「はっ」

立ち去っていく神々。後に残されたのは眷属のアスペクトから解放されてしゃがみ込み、青ざめた顔でえづいている主人のみ。

天幕より飛び出してきた家族や客人らに介抱されながら主人は、生き延びたことを神に感謝した。あの偽物の神々ではなく、彼が信仰する本来の神に対して。




―――西暦二〇五二年。開戦から半年、アルベルト・デファントらが第四世代型神格を実用化させる四年前の出来事。




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