ずいぶん早い出会い

「―――神」


樹海の惑星グ=ラス北半球 大平原地帯】


「あ。見て。これ魚じゃないか」

のっぽの子供は、清流を覗き込んだ。

旅の途中。水を汲みに来た時のことである。

周囲は見渡す限りの緑の草地。大気は冷え切っており、乾燥していた。砂漠を抜け山を越えてたどり着いたのが広大な草原だったのである。

「ほんとだ。珍しいなあ」「僕、魚見たの二回目」「僕もだよ」

ちびとまんまるの子供も口々に感想を述べる。一行が魚を食べたことは一回、旅の途中でご馳走になった時だけだった。池で養殖していたのである。

草原が広がっているのと併せて考えれば、ここは神々による環境回復事業がある程度進んだ場所なのだということが伺えた。

「これ食えるかなあ」「たぶん」「ちょっと僕捕まえてみるよ。ふたりは火をお願い」

わいわいがやがやと野営の準備は進む。起伏はさほどないが、ところどころちょっとした段差があったりして風よけにはちょうど良い。そういった場所に行くと短剣を取り出して穴を掘り草を集める。金属でできた野営用の茶瓶を中心に置く。点火する。

用意ができたところで、のっぽが戻ってきた。掌ほどの魚を三尾、確保して。

「やった」

各々が受け取ると、皮を剥ぎ鉄串で挿して火であぶり始めた。適当である。長旅では鳥も捕まえて食べたし、野獣を追い払って死んでいた獣の肉を横取りしたこともある。

やがて焼けてくると、ぱくり。貴重な珍味に舌鼓を打つ子供たち。空腹は最高の調味料である。

「僕たち、どれくらい歩いたのかな」

「さあなあ。でも"国連軍"のいる場所ってずっと南なんだろう?僕たちが住んでたあたりのほとんど反対側だって」

「まだ真ん中も超えてないからなあ」

三人の子供たちは自分たちのいる惑星の地形を正確に知らない。この地に住まうほとんどの人類はそうだろう。実際の所としては、この世界の大陸は、地球における大陸がかつて一つだったのとは逆に幾つもの大陸が集合しつつある。赤道よりやや南側ではそのようにしてできた非常に狭い海が存在し、現在の人類のテクノロジーでもわたることができる。

「昔の人は一年かけて、大陸の東西を行き来してたらしい」

「シルクロードか。おばちゃんが言ってたな」

「僕らが進んでいるのは北から南だからなあ」

子供たちの乏しい知識でも、惑星が球で赤道直下が最も日照が多い。ということは知っていた。赤道に近づくほど暑く、離れれば寒くなるという傾向についても。

それが原因で地球の歴史においては人類の広がりが東西に早く、南北では鈍いという事実までは彼らも知らなかったが。

「一年でつくかなあ。二年か。三年かかるかも」

それは、命がけの冒険がそれだけの期間続くということだ。

そしてそれだけではない。

「近づいたら、戦いに巻き込まれるかも」「うん」

三人は夜空を見上げた。

砕けたような形の月は今日の所は姿が欠けている。そして幾つもの流星が空を横切っているのが見えた。

そして、日によってはそこを横切る幾つもの異物も。閃光を帯びた小さな物体が時々空を駆け抜けていくのだ。三人を送り出した老女曰く、それこそが国連軍の武器なのだそうだが。

だから、方向を見失いそうになったら空を見上げたらよいと三人は学んだ。南にいる軍隊が神々を攻撃している様子を見れば、どこに向かうべきかは一目瞭然だ。

「国連軍ってどんな武器で戦ってるのかなあ」

「眷属はいるらしいよ。神々の眷属とどう違うか分からないけど」

「人間の眷属かあ」

三人の見た事のある神格とはもちろん神々の眷属だけである。高空を飛んでいく巨大な神像には畏怖を感じざるを得ない。そもそも用語としての眷属と神格の違いについてよくわかっていなかったりするが。

だから、国連軍の神格を見ても区別は付かないだろう。三人はそう思っていた。

実際にはそんなことはない。と知るまで、さほど時間は必要なかった。


  ◇


火も燃えつき、そろそろ眠りに就こうというとき。

三人は常ならぬ異変で飛び起きる事となった。

「なんだ。あれ」

揺れを感じ、くぼみの淵から顔を出しているのはちびすけ。彼の見ている方へ、他の二人も目を凝らした。

ずっと遠くの山裾で何かが動いているような。

次の瞬間。

のっぽは、反射的に動いた。残りふたりを引っ張ると、くぼみの中へとひっくり返ったのである。

それが正しかったのはすぐに証明された。

遥か彼方より飛来した一本の槍。尖塔にも匹敵する巨大な物体が、そちらへと突き立ったから。

最初に伝わってきたのは地揺れ。子供たちの体がそのすさまじさに一瞬浮かび上がる。

続いてやってきたのは、砂の壁。強烈な衝撃波に伴って生じたそれがすべてを剥ぎ払っていく。

「うわあああああああああ!?」

この災難の前では、子供たちは縮こまり身を守ることがせいぜいだ。幸い彼らが野営地とした地面のくぼみは素晴らしい防御効果を発揮し、今のところ彼らの生存に寄与していたが。

「なんだんだよこれ!」「わからないよ!」「……!」

この世のものとは思えぬ災難は、それからしばらく続いた。何がどうなっているやら、子供たちには分からない。確認しようと顔を出す行為は自らの生存率を下げるだろう。それも著しく。だから子供たちにできることは、小さく身を寄せ合って、災難が過ぎ去るのを待つことだけ。

永遠とも思える時間が経った頃。轟音と振動、衝撃は唐突に過ぎ去った。

「―――終わった?」

何とか立ち上がったのっぽが、くぼみから顔を出した時。彼女はまずいものを発見した。それも著しく。

こちらに向かって放物線を描きしてくる、途方もなく巨大な物体の姿を。小麦色のあれは間違えようもない。巨神だ!!

あんなものに押しつぶされてば命はない。咄嗟に目をつむったのっぽは、死を覚悟し。

衝撃。

強烈な威力にシェイクされたのっぽが身を起こしたのは、それからだいぶたってからのことだった。―――生きてる?

見上げた子供たちは、信じられないような間近でそれと対面することとなった。

小麦色の物質でできた、馬小屋ほどもある獣神像の頭部との。

「―――神」

獣神像は、目を見開いた。

―――目が合った。

交差する、獣神像とのっぽの視線。しかしそれも一瞬のこと。

身を起こした獣神像はと腕を一閃。そこに槍を掌で。無傷ではない。刃が掌にめり込んでいる。しかしそれ以上のダメージは見られない。恐るべき強靭さであった。

しかしその動きは鈍い。子供たちは把握していなかったが、既に獣神像は十近い敵神を討ち滅ぼし、その力を著しく消耗していたからである。

子供たちが把握できるものもあった。獣神像の向こうに位置していたのは黒鉄くろがねで彩られた、こちらは武神像。恐ろしい巨大さを持つもう一柱の巨神が槍を押し込んでいたのである。

対する獣神像はもう一本の腕を虚空へと伸ばすと、無より剣を

まるで魔法のように出現したそれが振るわれんとしたとき。そうはさせじと、黒鉄の武神像は

槍が、赤熱した。

強烈なエネルギーがまき散らされる。獣神像の掌が溶ける。子供たちの周囲も溶融を開始していた。

「ひいっ!?って、あれ……?」

子供たちは無事だった。何故ならば獣神像は剣を放り出し、空いたその手で子供たちを庇っていたから。

ひとまず生き永らえた子供たち。されどその生命は風前の灯であった。獣神像は既に全身が溶けはじめ、強烈な熱波は子供たちをもじりじりと焼き始めていたからである。

追い詰められた獣神像は最後の力を振り絞ると、大剣を呼んだ。

それは虚空に出現すると、何の支えもなく切っ先を敵へと向ける。狙いは相手の胸板。強烈なエネルギーが構成原子の熱運動を活性化させ、一方向へと束ねられ、臨界に達した時点で解き放たれた。

槍を押し込んでいた武神像は回避できなかった。音速の二十四倍もの速度で突っ込んでくる、巨大な質量をまともに受けたのだ。

胸板を貫かれた武神像は一拍置いて砕け散り、かと思えばその亡骸は風に吹かれて消えていく。

子供たちは、自らが生き延びたことを知った。

そして。

ゆっくりと傾いていく、獣神像。力を使い果たしたそれは身を横たえると急速に霧散していく。

それがすっかり収まった後。

子供たちが見たのは、重傷を負った角持つ獣人の少女の姿だった。




―――西暦二〇五二年九月。フォレッティ級が誕生して八年、樹海大戦における眷属撃破数が遺伝子戦争のそれを越えた翌月の出来事。

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