硝子の樹海

「――――――」


樹海の惑星グ=ラス 大陸東方 森林地帯】


光輝く森だった。

この惑星の自然に"緑"はない。大半の植物は半透明の、まるで硝子のような葉を備える。幾何学的な葉脈が浮き出るそれは多段的に下の方の葉まで光を届かせる、この星の樹木独自の工夫に相違ない。そのおかげか、繁る葉は地球のそれと違って上の方まで密集している。透過しなかったぶんのエネルギーが光合成へと費やされ、そして下に落ちる光をより下の葉が受け止めるのだ。地球の枝葉は通常下に行くほど高密度となるが、この世界では違った。いかな偶然の悪戯が生み出したのかは諸説があり、正確なところは人類には分からない。いや。神々ですら分からないだろう。

そんな異星の生物であったが、しかし地球の類似する種とは多くの共通点がある。樹木は社会性を備える。自らと同種の別個体。異種。それらを区別し、菌類と木の根を通じて栄養を交換する。協力し合い、たくさんの水を貯える。空気を適度に湿らせる。暑さ寒さに抵抗する。木々は社会的生物なのだ。

そんな巨大な生態系の中を、幾人もの男女が行く。マントを羽織り、銃で武装し、背嚢を背負った人々が。

彼らの最後尾を行く者は、ふと顔を上げた。そこに生い茂る枝葉を見上げたのである。

硝子の葉が乱反射させるものは光だけではない。それに類似するもの。電磁波の類も無茶苦茶に拡散させ、乱反射させるのだった。

それは、電子機器を扱う者にとっては非常に厄介な性質だろう。通信は攪乱され、センサーも役立たずと化す。木々が作り出す影は光学探査も攪乱するだろう。ドローンやロボットは役立たずだ。自身の目を備える、経験豊富な知的生命体だけが自由に行き来できるのだった。

この性質が、人類の味方をした。神々もこの樹海に隠れた者を見つけ出すことは容易ではない。門が開く前ならばそれも大した問題ではなかった。自然環境が失われつつあったこの世界では、神々が用意した居留地を離れて生き延びることはできなかったからである。惑星全土が牢獄である以上、人間の逃げ場とはなりえなかった。

しかし、現在は違う。

潤沢な補給を受ける国連軍にとって、これは無限ともいえる隠れ場所が広がっているのと同義だった。

そして神格。

歩兵サイズで駆逐艦以上の火力と気圏戦闘機を超える機動性を備え、メンテナンスフリーで、高い知能を持ち、わずかな物資で活動できるこの究極のは、まさに樹海で活動するためにあるかのような兵器であった。遺伝子戦争から現代に至るまで、神々の眷属がこの利点を人類に対して発揮したことが一度もないのは運命の皮肉と言っていいだろう。

硝子の枝葉を見上げる兵士は―――国連軍の知性強化動物は、そんなことを思う。

神々は人類の門を攻めあぐねている。前線は現在にらみ合いが続いているが、広大な海洋を通じて人類は既に世界中へと偵察を送り込んでいた。調べるべきことは多岐に渡る。人類の居留地。文明レベル。文化。神々の軍事基地。都市。ありとあらゆる情報が必要だった。神々の心を折り、人類に危害を加える能力を徹底的に奪うためには。

しばし大樹を見上げていた知性強化動物は、やがて仲間たちの後に続いて歩き出した。




―――西暦二〇五二年。神々の世界で大量絶滅が始まるようになって三世紀あまり、樹海大戦の最中の出来事。

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