普通の子供

「おじさまぁ!こっちですわ!」


【東京都 秋葉原神田明神】


「こうしてみると彼女、普通の子供ですね」

「普通の子供だよ、フランは。ただ、今までは状況がそうであることを許さなかっただけだ」

相火は、隣の男の顔を見つめた。

知らない人間が見たら自分の兄と思うだろう。それくらい顔立ちは似ている。年齢は数歳上、程度か。実際にはこの人物が、自分の父のひとつ年下の弟なのだ。という事実を、相火は知っていた。

都築燈火。帰ってきた男。

ふたりは、神社の境内。人でにぎわうそこに設置されたベンチから、前方ではしゃいでいる金髪の女の子の様子を見守っていた。

一見普通の人間である彼女は、実のところ肉体を極限まで強化された人類側神格のひとりでもある。フランソワーズ・ベルッチ。通称フランと言った。

「先日ようやく、時間がとれてね。彼女の親戚の人達と直接会って話をした。いいひとたちだったよ。彼女の父親。ジュリオさんが亡くなった時のことを改めて話した。僕の迂闊さが招いた惨事だったということも含めて。あの人たちは許してくれた」

「誰のせいでもないでしょう。人間は必ず失敗をやらかすもんです。そういうふうに進化してきた。あらゆる生命が、だ。もちろん、数撃てば当たる式に多産多死の魚や昆虫。すくないこどもを大事に育てる鳥類や哺乳類。それぞれの生物ごとにどこまで失敗を許容できるかは違うにしても。

それとも燈火さんは生命じゃあないと?」

「慰め方が父さんそっくりだ」

「会ったことはないんですけどね。僕が生まれる前には亡くなってました」

「本当に残念だよ。それでも、世界のそこかしこに父さんの痕跡が残ってるけれども」

燈火は、空を見上げた。天にかかっている巨大なオービタルリングが目に入る。日によっては巨神も。道を歩けば無人化されたスーパーやコンビニが散見されるし、家電量販店ではテレビやパソコンと並んで仮想現実機器や家庭用ロボットなどが普通に売っている。ここは二十一世紀初頭の地球ではないが、そこから地続きなのだ。

「これからどうされるんですか」

「そうだな。向こうの世界に関する情報は国連軍に提供できるものは全部やった。そもそも今の状況ならどんどん古くなっていくだろうしね。だから後は門についてだなあ。今開いてる門を維持する部品。新規設計。色々とね」

「日本に腰を落ち着けますか」

「そうだね。それにフランのためでもある」

そこかしこを興味深そうに観察している少女がちょうど、おしりをこちらに向けて何やら地面の上を調べ始める。

それを見ながら相火は頷いた。

燈火の言葉を続ける。

「彼女の血族とは話し合ったが、結局僕たちと一緒にいたいという彼女の希望を優先した。あちらで引き取ってもらっても大丈夫だったろうけどね。何にせよそうなれば、一か所にいた方がいい。学校に通わせなきゃならないしなあ」

「必要ですか?神格は脳に知識を書き込まれると聞きますけど」

「いらない分野もあるが、彼女はこの世界には不慣れだよ。日本語は片言だしね。いく方がいいと思うな、僕は。

明日から新学期だ。フランも学校に行く。うまくなじんでくれたらいいが」

告げると、燈火は立ち上がった。

「さ。今日は付き合わせて悪かったね」

「暇でしたし」

「じゃあ僕らは帰るよ」

ふたりは、微笑んだ。

去っていく燈火たちをしばし見ていた相火は、自らも帰途についた。




―――西暦二〇五二年、八月末。フランソワーズ・ベルッチが都築燈火と行動を共にするようになって一年あまり、純人類製の門が完成する九年前の出来事。

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