竜の大公
「街に出てごらんなさい。人間の多様性がどれくらい広がったか。すぐわかることでしょう」
【バルカン半島
異形たちだった。
ガラス窓の向こう。新生児室で保育器に入っているのは人間の赤ん坊にも似た、しかし明らかに異なる異形の生物たち。哺乳類であろうことだけは、専門知識がなくとも伺えた。その外見的特徴には、コウモリにも似たシルエットが含まれる。
「驚かれましたか」
看護師に声をかけられた
「ええ。知性強化動物、このように生まれるのですね。部外者に見せてもよいのですか」
「ああ。どうせテレビなどのメディアで公開しますし」
「軍事用生物を公開するのですか?」
アスタロトの疑問に、看護師は苦笑したようだった。
「九尾級以来の伝統ですね。日本で初めての知性強化動物が誕生した時、日本政府はその成長の様子全てを公開することを決定しました。人間の小学生と運動会を一緒にするところもテレビで流れましたし、あっちの宗教行事。神道だったかな。それの七五三というお祝いを向こうさんの
知性強化動物は人間の子供のように大切に育てられます。愛情をたくさん注がれて。そうすることで脳や神経系の発達が促されるからです。二年で成人するためにはそれは不可欠だからですが、そうすることで、あの子たちも人類を愛してくれます」
「九尾も……」
アスタロトはそれが、自らが戦いそして敗れた知性強化動物の名だという事実を知っていた。彼女らに敗北したからこそ、アスタロトは今ここにいると言ってもよい。
今は検診の終わった所である。故郷に戻って来て最初に義務付けられたのが、詳細な身体検査を受ける事だった。アスタロトは受け入れた。
検査が終了し、医療施設内にまだいる段階で知性強化動物たちの赤ん坊と出くわしたのだ。
「昔とのギャップを感じますか」
「正直に言えば」
アスタロトは素直にうなずいた。市街地では昔の光景はもう、ほとんど見られない。遺伝子戦争で多くが失われたのを機に、ここでは大規模な近代化が行われているようだった。この様子では
それと同様、人類社会の意識も変革が訪れたのであろうことが伺えた。
「大丈夫。人間、すぐ慣れます」
「人間……ですか」
「人間でしょう。あなたは」
「ここまで作り変えられていても?」
「大した差じゃあありませんよ。街に出てごらんなさい。人間の多様性がどれくらい広がったか。すぐわかることでしょう」
こともなげに言う看護師に、アスタロトはゆっくりと頷いた。この世界では珍しくないのだろう。アスタロトほどに作り替えられた肉体の持ち主と言えども。
「そうしてみます。ありがとう」
「どういたしまして」
看護師に礼を告げたアスタロトは、最後にもう一度。知性強化動物の赤ん坊たちへと視線を向ける。
「そうだ。この子たちの名前を聞いていませんでした。何と言うのですか?」
「
「ドラクル……」
それは、英雄の名だった。現在のルーマニア、ブカレスト周辺に位置するワラキア公国を支配したヴラド三世。いわゆる
「また、この子たちに会いに来ても?」
「歓迎しますよ。イレアナさん」
看護師の返答に微笑むと、アスタロトは場を辞した。
―――西暦二〇五二年八月末。アスタロトが"ドラクル"級知性強化動物の講師として着任する一カ月前の出来事。
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