魔女と電信

「燈火は去り、髭熊は姿を消したか」


樹海の惑星グ=ラス 大陸東方 低緯度地域山中】


魔女は、呟いた内容そのままにキーボードを叩いた。モニター上ではそれは正確に入力され、送信を待っている。エンターキーをポチり。神々のものをそのまま使っているので地球の言語は対応していないがインターフェースは大体同じだ。背もたれにもたれかかる。座っているのは籐椅子。美しい曲線を描き軽量なところから、魔女は気に入っていた。

やがて、返答が来た。ネットワークの向こう側、"管理人"と名乗る相手から。本名も素顔も知らぬ同胞からの、味もそっけもない文字のみの連絡が。

『連中からの連絡が途絶えたのが三月だからもう五か月か。無事ならよいが』

「門が無事である以上、燈火が成功したか髭熊の連絡を受けた国連軍がうまくやったか。あるいはその両方か。門まで行けば事実は分かるだろうがな。

どちらにせよ、宣伝放送を聞く限りでは燈火が神王の一柱を倒したのは事実らしい。しかし奴め。"燈火"がハンドルネームではなく本名だったとは。おかげで動静が知れたが」

『貴女はいかないのか。既に何人かは門に向かったようだが』

「国連軍がここまで来て、門までお連れします。というなら喜んでついて行くがね。私にはやるべきことがある。彼らの手がここまで及ぶにはまだ時間がかかるだろう。下手をすれば何十年も。その間、誰がこの地の人々に手を差し伸べる?

大したことができるわけではないにせよ」

『貴女のその志にはいつもながら敬服する』

「お主もな。サーバーを未だに維持してくれて私は感謝しておるよ。

元から我々は皆がそういうものだ。やれることをやる。その意味では燈火も髭熊も、彼らが為すべきことをやり切った」

魔女は、椅子に座ったままうん。とのびをした。

室内は暗い。整理されているが、元々大したものはない。神々の都市遺跡だった。市街地じゅうをかけずりまわって使えるものをかき集め再構築したのがこの部屋にある電子機器群である。サーバー。モニター。バッテリーは小規模水力で補い、薄暗いとはいえ電球が灯っている。

そして、外に繋がる地下ケーブル。

ここは、神々から隠れて暮らす人間の住居だった。魔女はその主人なのだ。仲間内で魔女と名乗っているのはそれとは関係ないが。本当に魔女である。遺伝子戦争以前。北欧系の血を引く母から教わった魔術の知識を今も蓄えている。もちろん、物理的に何かの役に立つわけではない。単なる伝統でしかない。

だが、それでも魔女は魔女だった。背もたれにもたれかかる。座っているのは籐椅子。美しい曲線を描き軽量なところから、魔女は気に入っていた。

「これからどうする?」

『先日の件。神々の都市を吹き飛ばしたことで、向こうの人類がどこまで本気なのかがはっきりと分かった。期待して待つつもりだ。サーバーの維持管理をする人間がいなくなったら困るだろう?』

『―――会話中失礼。割り込ませていただきます』

ふたりだけのチャット。その中に突如割って入ったメッセージに、魔女はギョッとした。通話相手も同じだったろう。

相手のアカウントは―――"燈火"。

「―――お主は」

『私は国際連合軍の者です。都築燈火氏より許可を受け、このアカウントを使用させていただいております』

『なんだと』

『我々はお二人の力を必要としています。あなたがただけではない。このネットワークに参加する人々。そして、こちらの世界に根を張る、神々に対抗するために活動する方々の協力を。都築氏をはじめとする多くの人々と、こちらでの活動によって既に我々は相当量の情報を獲得していますが、それでもここは未知の異世界です。詳しい案内人は一人でも多く必要なのです』

「……お主が本当に国連軍の者だとどうやって証明する?」

魔女がその言葉を打ちこむまでに、わずかな間が開いた。

『当然の懸念です。ですから、今夜の宣伝放送をお聞きください。こちらの標準時で0時より開始されるものの内容にあなた方の符丁を紛れ込ませます。六時間ごとに再放送されますのでご確認ください』

『……いいだろう。確認してやろうじゃあないか。だがその前に一つ聞かせてくれ』

『なんでしょうか』

『燈火が無事なのはわかった。じゃあ髭熊はどうなった?』

『無事です。こちらで細君ともども保護し、現在は地球にいます』

『そうか』

『ではそろそろ失礼させていただきます。また後日連絡させていただきます』

告げると、"燈火"はチャットルームから退室。後には魔女と管理人。ふたりだけが残された。

「……どう思う」

『どう思うも何も、ひとまず信用するしかあるまい。と言いつつ、逃げ支度を初めているがね。今夜のラジオを聞いてから帰ってくるかどうか決めるよ』

「私も同じことを考えていた。彼らが信用できれば我々も再会できるということだな」

『そのようだ。再会できる事を祈ろう。ひとまずはさらばだ。友よ』

告げると、管理人は退室。

残された魔女はしばし天を仰ぐと立ち上がった。荷造りはとっくの昔に済んでいる。いつでも逃げ出せるように。

今夜は寝ずにラジオを聞くことになるだろう。

部屋を一度だけ振り返ると、魔女は住処から出て行った。




―――西暦二〇五二年。門が開いて五か月後、神々の勢力圏に対する人類の浸透が本格化した時期の出来事。

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