異郷生まれの少年

「……平和なもんだ」


【イギリス コッツウォルズ地方 捕虜収容所】


鳥相の捕虜は呟いた。

朝の捕虜収容所。その敷地内の光景である。

指定された時間に起き出し、与えられた作業服を着て出て来た。最初なので少し早めである。何でも早速何らかの仕事に駆り出されるらしい。この辺は人類も神々も変わらないようだ。捕虜に作業を割り当てる。という意味では。

集会所だと教えられた建物の前にあるベンチを見る。おいてあるということは使っていいということだろうか。座る。

と。

視界の隅に妙なものを捉え、男は怪訝な顔をした。

「―――子供?」

というよりは若者。と言った方がよさそうな姿の少年が、明らかに自分の来ている作業服と異なる着衣―――何らかの制服に見える―――を身に着け、鞄を抱えて出て来たのである。集会所から。

おはようGood morning。あれ。おじさんって新しく来たひと?」

前半は分からないが聞き覚えのある言語だった。恐らく地球の言葉。

「あ、ああ。そうだが……」

「僕は大地グ=ラス。おじさんは?」

「コ=ツィオだ。―――おじさんはよせ。まだ九十二歳だ」

「十分おじさんじゃん」

「やかましい。坊主。お前さんもここの住人か?」

「そうだよ。僕は―――みんなとちょっと違うけど。おっと。もう行かなきゃ。またね」

「おい。―――って行っちまった」

男は。コ=ツィオは、速足に去っていく少年の背を呆然と見送っていた。その姿はたちまち収容所のゲートまでたどり着くと、開いた扉の向こうへ消える。……出ていった?ここから?

一体何者だろうか。名前はグ=ラスと言ったか。

等と考えていると。

「驚いたかい」

「!あんたか」

振り返った先にいたのは、ドワ=ソグ。自分同様の作業着を身にまとっている。彼はコ=ツィオの座るベンチの横に腰かけた。

「驚いたっちゃあ驚いたが。ありゃ何者だ」

「私の息子だ。ここで産まれた」

「―――!そりゃあ確率的にはありえないわけじゃあないが、よくこんな小さなコミュニティで産まれたな」

コ=ツィオが驚くのも無理はない。神々の出生率は年々低下の一途をたどっている。この収容所のキャパシティは建物の数からしてせいぜい数十人と言ったところ。神々の世界では、無作為にそれだけの人口を抽出すれば、子供のいる世帯が含まれていない可能性は非常に高い。

「まあな。私たちも非常に驚いた」

「それで、みんなとちょっと違うというわけか。外に行ったようだが」

「学校に向かったのさ。人間のね。我々は囚われの身だが、あの子は違う。この施設は人類の支配下にある。そこで生まれ育ち、人類に対し加害行為を行っていない以上、捕虜として扱うのは不適切だ。人類はそう判断したんだ」

「……あんたが昨日、人類を紳士的と言ったのはそれが理由か?」

「それはあるな。妻の懐妊が判明した時、私たちが最も恐れたのは子供が殺されることだった。だが現実には人類は、子供を生かすことを選んだ。あの子の育成を援助さえしてくれた」

「不思議なもんだな。子供がヒトの学校に通う光景を見るなんて」

「あの子は言わないが、相当な苦労をしているようだ。それはそうだろうな。だが私たちには何もしてやることはできない。

あの子は門が開く以前。ヒトの士官学校に入るつもりだった。いや、今もそうだ。門が開いた以上、同胞とも戦う覚悟だろう」

「―――!止めないのか」

「止めてどうなる。あの子はこの世界で育った。人類の世界で、だ。息子を生かしたのも人類ならば、育てたのも人類と言っていい。私たちが手塩にかけて育てて来たとしてもね。人を作るのは環境だ。あの子にはこの世界でのよりどころが必要なんだよ」

「俺には理解できないな。その達観ぶりは」

「もちろん心配だがね。同胞からすればあの子は裏切者だが、しかしあの子は故郷グ=ラスでは生きていけないだろう。この世界で育った者からすれば、あちらはヒトの尊厳が徹底的に踏みにじられる地獄だ。

そして私たちもそれに加担している。息子に何か言う資格があると思うかい?」

「……」

「さて。そろそろ作業の時間だ。ゲートの前で整列するんだ。行こうか」

告げると、ドワ=ソグは立ち上がった。

コ=ツィオもそれに続いた。




―――西暦二〇五二年。遺伝子戦争最後の戦いが終わってから三十三年、地球生まれの神が神王と邂逅する五年前の出来事。

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