新入り

「驚いた。三十年ぶりに、新しいお仲間だ」


【イギリス コッツウォルズ地方】


どこまでも続く田舎道を、車が走っていた。

車内で、鳥相の男は思う。いつまでも単調な道のりは忌々しい。十数時間も航空機で運ばれてきたのも忌々しい。両腕の手錠は不愉快極まりないし、自分が乗せられているのは内側からではドアの開かない、窓が鉄網で覆われた車両である。

捕虜の扱いだった。

門の向こうから、男は連れてこられたのだった。人類によって。

これからどのような扱いを受けることやら。人類による尋問は執拗だった。男の知るすべてと言っていい情報を、人類は手にしたと言っていいだろう。前線の一兵士である男にそこまで大したことを知る機会などなかったが。

だから、鳥相の男が心配していたのは情報を吐いてしまったという事実に対してではない。自分の身にこれから起きるであろうことについてである。

それを知る機会は、幸か不幸かすぐにやってきた。目的地に着いたのである。

コンクリート造りの古い建造物。そのゲートを抜け中に入った所で車は停車。ゲートが閉じる。ドローンが飛行しているのが見える。監視塔には兵士が配置についているし、銃で武装したヒトどもが幾人も確認できた。脱出は無理だろう。こんな場所まで連れてこられた時点で手遅れではあるが。もし施設から逃げても、間違いなく捕まる。逃げ場がない。

兵士に連れられドアを抜ける。持ち物検査をされる。検査官の質問に答える。こちらの言語を滑らかにしゃべっていた。ヒトにもかかわらず。人類もこの数十年で、神々を随分と研究したらしい。

それらすべての手続きが終わった後、連れていかれたのは施設の奥。

扉を抜けたそこに広がっていたのは、今まで来た道と同じ荒野だった。フェンスで区切られた開けた空間に、建物が幾つも並んでいたのだ。

そして待ち構えていたのは、男同様の鳥相を備えた同族。

「ルールを教えてやれ」

自分をここまで連れて来たヒトは、そう告げると元来た方へ引っ込んでいく。

残されたのは、男とそして眼前の同族だけ。

「やあ。地球へようこそ。歓迎するよ。我々も君と同様、囚われの身だから大したもてなしはできないがね」

「あんたは―――?」

「私はドワ=ソグ。君の案内役を仰せつかった。ここでの先輩ということになるな。ついてきてくれ」

告げるや否や、背を向けて歩き出すドワ=ソグ。

男は慌てて後に続いた。

「ここは人類が我々を閉じ込めておくための捕虜収容所だ。先の戦争で最後の門が閉じてから、おおよそ一年ほど後に開設されたところだな。ざっと三十三年の歴史がある」

「―――あんたは、ここで三十三年も?」

緑の草が絨毯のように大地を覆う上を二柱は行く。

「そうなる。恐らく君も、同じくらいの年数を過ごすことになるだろうな。それ以上という可能性も高い。ああ。拷問などの残虐行為は心配する必要はない。ここに収容されたものは今まで一度もそういう不運に巡り合ったことがない。人類は紳士的だよ」

「―――紳士的?奴らは都市を二つ、吹っ飛ばしたぞ。たかだか神格を生きたまま解剖されただけで、報復だと。何十万と死んだ」

「そいつは初耳だな。まあ人類も我々に対して情報統制を引いているからな。しかし、そうか。君たちは人類の逆鱗に触れたようだ」

「逆鱗?」

「人類の神格の肉体が何かは知っているかな」

「生命工学によって作られた人造生物だろう。それくらいは把握している」

「ならば人類は彼らを"人間"とみなし、実際にそう扱っているというのは?」

「そいつは初耳だが」

「人類は思考制御を活用していない。技術に対しても、そしてその非人道性に対しても不信感を抱いているためだが、代わりに神格を帰属させるために用いているのがイデオロギーだ。あの人造生物。知性強化動物と呼ばれているが、彼らは人類と対等な存在だ。と子供の時から刷り込まれる。逆に人類も、その原理原則を信じ込んでいる。そうなるよう、自ら社会を改造した。そんな彼らにしてみれば、生きたまま解剖なぞ、もってのほかだな。今の人類ならば都市のひとつふたつ吹き飛ばすくらいはするだろう。そもそも遺伝子戦争では我々はもっとたくさんの都市を破壊したし、人を殺した。我々を殺戮する心理的ハードルは著しく低いだろう。

さて、ここだ」

辿り着いたのは一軒の小さな建物だった。

「新入りが来ると聞いて、総出で建てたんだ。気に入ってくれるといいが」

「……」

中は清潔で、しっかりとした造りに見える。家屋だった。

「後から来た者も収容される予定だ。君は第一号だな」

「そうか」

「こちらからも聞きたい。故郷はどうなった?」

「再生しつつある。持ち帰った遺伝子資源の移植はほぼ成功した。後はそれを広げていけば。確保したヒトの繁殖もうまくいっていたんだ。また門が開かなければ……」

鳥相の男の言葉は、最後にはうめくようだった。

「開いてしまったものは仕方がない。落ち着くまで待とう。我々にもその程度の時間はある」

「ああ」

鳥相の男は、ドワ=ソグに対してしっかりと頷いた。




―――西暦二〇五二年。イギリス、コッツウォルズ地方にて。ふたりの捕虜の会話。樹海大戦が勃発した年の出来事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る