砂漠の交差路

「こう見えても昔は考古学者だったんだよ。今じゃあこの有様だがね。そういうあんたは?」


樹海の惑星グ=ラス 北半球砂漠地帯】


驚くほどに澄んだ水だった。

砂漠の一角。伏流が湧きだしたここは、硝子の枝葉を備える木々が生い茂るオアシスである。その木陰で休む旅人たちのひとりは手袋を外すと、水をすくって口に含む。

うまい。うまいが微妙なこれは―――塩味だろうか?

「ははは。ここらの水は塩分を含んでいる。濃縮が進んでるんだろうな。ひょっとすれば何万年も昔には海だったのかもしれない。河川だって後退して今の状態なのかも」

笑いながら話しかけていたのは、オアシスの住人。木々の枝葉を落として羊に与えている羊飼いである。

その物言いに、旅人は興味を持ったか話しかけた。

「えらく詳しいね」

「こう見えても昔は考古学者だったんだよ。今じゃあこの有様だがね。そういうあんたは?」

「何に見える?」

「隊商―――には見えないなあ。動きに隙が無さすぎる。何者だい。あんたたち」

「隊商さ。ちょっと動きに隙がないにしてもね」

「ま、そういうことにしておこう。あまり深く突っ込んでも面倒になりそうだ。こういうご時世だととくに」

「ご時世?」

「おや。知らないのかい。この間の地震。神々の空中都市が墜ちたとか、行き交う旅人の間で噂だよ。何でも惑星全土に衝撃が走ったとかなんとか」

「そいつは大した話だな。誰が落としたんだい」

「地球から来た軍隊って話だよ。本当かどうかわからんがね。誰から聞いた?って聞いても、知り合いの知り合いからとかそんなのばっかりだ。どこが出どころの話なのやら」

「なるほど」

「そういえば、この噂を信じて旅をしてるって子たちがいたな。何でも軍隊がいるっていう南を目指して、ずっと北の方から歩いてきたんだとかなんとか」

「へえ。その子たちはもう?」

「いや。二,三日前からここにいるよ。働くから食料を分けて欲しいって言ってね。仕事を与えたのさ。数日中には旅立つんじゃないかな」

「いい人だね。あんたたちは」

「自分たちの代わりに神々に引き渡すと思ったかい?このオアシスの塩水にもいいことがあってね。体に悪いのさ。失明の危険があるが、おかげで神々もここからは子供を連れていかない。連中が欲しいのは健康な人間だから」

「なるほどなあ。そう考えればオアシス万々歳か」

「そんなところだ。じゃあね」

羊たちを誘導しながら去っていく羊飼い。その背を見つめる旅人へ、仲間が声をかけた。

「どうされます、少佐」

「そうだな。せっかくだ。その子供たちというのにも会ってみよう。宣伝放送がどこまで、どのように広まったのかを知ることも我々には必要だ」

「はっ」

「それと"少佐"はよせ。お前も軍曹ではなくただの"マッケンジー"だし、私はここでは"ナダルさん"だ。親しみを込めて"ラファエル"でもいいぞ」

国連軍特殊部隊指揮官、ラファエル・ナダルは笑いながら部下に答えると、水辺から立ち上がった。使命を果たさなければならない。この、樹海に覆われた惑星の北半球の調査という任務を。


  ◇


のっぽの子供は、額から汗をぬぐった。

太陽は既に陰り始めている。作業に入ってから今何時間経ったのだろうか。岩の周りにある砂を掘り、その下に埋まった根っこを掘り返すのが自分たちに与えられた仕事だ。何かの薬になる作物らしい。

周囲を見回すと、仲間であるまんまるの子供とちびの子供が働いている。ふたりとも男の子だ。数週間前、谷間にある集落から共に出て来た。あの夜。自分を養っていた老女が"ラジオ"の声を聞き、そして空で幾つもの光が走った日がすべての始まりだった。彼女は村人たちを説得し、自分たちに食料の詰まった背負い袋と水袋を与えるとこう言ったのだ。南に向かい、国連軍に助けを求めろ。と。だから自分たちはここにいる。今日の仕事が終わり、明日も無事に勤めれば必要な物資を貰える約束だ。そうしたら旅立とう。もっと南に向かうのだ。

「精が出るな」

突然の声に振り返ると、旅人風の男がそこに立っていた。

「南に向かっているのは君たちかい?」

「……そうだよ」

「たいしたもんだ。何のために向かってる?」

「おばちゃんが言ってたから……」

先ほど考えていた内容をそのまま話して伝えると、相手は微笑んだように見えた。

「そうか。無事にたどり着けるといいな。幸運を祈る」

「ありがと。おじさん」

去っていく旅人を見送ると、のっぽの子供は仕事を再開した。旅を続けるために。




―――西暦二〇五二年。子供たちが国連軍の宣伝放送を聞いて旅立ってから二か月ほど経った日の出来事。

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