それぞれの為したこと
「あの双子と出会わなければ、僕は何を為すことも出来ずにいまだに世界を放浪していただろうな。もしくは野垂れ死んでいたか」
【静岡県 墓苑】
都築燈火は空を見上げた。オービタルリングが見える。風が強い。雲がたなびくいい天気である。
どこまでも続く、緑に覆われた丘陵だった。
規則正しく敷かれている四角いプレートは無機質な墓碑。
霊園。それも先の戦争の犠牲者を弔うために始まったものだった。
足元のプレートに刻まれている名前はふたつ。都築弘。都築静香。
そして、削り落とされた三つ目の名前があった。
「業者に頼んでお前の名前は削ってもらった。そのうちプレートを新調しようと思ってるけど、今年はこれで」
「ありがとう、刀祢兄さん」
「母さんの名前もここから削れたらいいんだがな」
「うん」
立っていたのはふたりの男。ひとりは若い。Tシャツにキャップ帽をかぶった青年である。そしてもう一人もやはり帽子で日差しから身を守り、通気性の良いシャツとズボンを身に着けた中年の男。
燈火と刀祢だった。
親子ほども歳の離れたふたりの兄弟は、真夏の太陽の下。墓碑をじっと見つめている。
「僕が生きているうちに帰ってきてくれてよかった。出迎えられた」
「苦労したけどね。かなり。門の修復に使う部品を集めるために世界中を回ったよ。都市遺跡。海中に沈んだ門の残骸。色んな場所をだ。僕ひとりじゃ運べなかったし、そもそも移動すらままならなかった。仲間のおかげだよ。ほぼ全部ね」
振り返った先。この三十年で立派になった大樹の木陰で休んでいるのは、主に女性陣だった。刀祢の家族と、そして燈火の仲間たち。
「特にエススとタラニス。あの双子と出会わなければ、僕は何を為すことも出来ずにいまだに世界を放浪していただろうな。もしくは野垂れ死んでいたか」
「ずっと一緒だったか」
「出会ったのが確か、門が閉じて数年後だ。もう三十年の付き合いになる。彼女たちは僕の心の支えだ。僕らが家族だとするなら、あのふたりは一家の母親役だな」
「そうか」
「もちろんあのふたりだけじゃない。クムミも。ヘルも。フランも。みんな大事だけどね。この三人はどっちかというと娘みたいな感じはするかな。独特の距離感だけど」
「随分と女性には好かれるたちのようだ」
刀祢の言に燈火は苦笑。
「確かに言われてみれば女性ばっかりだな、仲間は。色んな人に向こうではお世話になったけど」
「ま、お前が元気でいてくれるならそれでいいさ。さて。そろそろかな」
ふたりは、空を見上げた。木陰で休んでいるメンバーも上を見上げる。
異変が起きた。
東の空より飛来する六つの物体。はじめ点のようだったそれは、やがて大きくなり、飛行機雲をたなびかせ、そしてオレンジ色の威容を露わとした。
「正直、今年は中止になるかと思ってたんだが。見ろ、燈火。あれが父さんの作った"九尾"だ」
刀祢たちのいる墓苑上方へと差し掛かった段階で、九尾らは分散。大きく空に図形を描いていく。見事な飛行パフォーマンスである。
燈火の目から見ても、その練度の高さは明らかだった。
「すべての人類製神格の礎だ。この三十年あまり。彼女たちが人類を守ってきた。これからも守り続けるだろう。だから僕たちは安心して生きてこれた」
「分かるよ」
「二十年ほど昔、父さんの友人だという人から手紙をもらった。父さんとの約束を果たしたという内容だ。眷属と対等に戦える知性強化動物が完成した。十年後には眷属を圧倒するようになっているだろう。ってね。事実になった。
父さんが始めた事業は、ずっと続いていくんだ。たくさんの人たちの手によって」
やがて地平線の彼方へと、九尾たちが去っていった後。
刀祢は、弟に視線を向けた。
「あらためて。お帰り、燈火」
「ただいま。刀祢兄さん」
―――西暦二〇五二年、盆。都築博士が亡くなってから二十九年目、都築兄弟が再会を果たして三カ月目の出来事。
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