呉越同舟

「あがいて何が悪いというのだ?お前たちには未来がある。我々にはない」


樹海の惑星グ=ラス南半球 離島】


酷い寒さだった。

惑星の南半球はこれから冷え込む季節だ。門周辺のそれは別格だが、かなり北上したここでもかなり厳しい。ろくな装備もないとなればなおさらだ。

中央には山がそびえたつ、そこそこ大きな離島である。それも最前線の。

馬琳マー・リン中尉は、暗雲を見上げた。

遭難してもう二日になる。操縦していた対潜哨戒機が神々によって撃墜され、海に投げ出されたときは一巻の終わりかと思った。島に流れついたのは幸運だったというより他ない。島の植物は例の薄気味悪い硝子の葉の木々のほかに、地球原産と思われる緑の草が主に沿岸部に生い茂り、そして海鳥が生息していた。どうやら彼らの糞に紛れていた草の種がここで芽吹いたらしい。そのうち樹木も生い茂り、島の生態系を乗っ取るのだろう。こんな異世界に独りぼっちでも、同郷の生物がいると思えば耐えられる。そのうち救助も来るだろうし。そう思いたい。

さしあたっては釣竿から糸を垂らす。サバイバルキットの食料は心もとない。まあこの世界の魚は地球原産だ。食えるだろう。門を開いた人間たちも魚を喰って生き延びていたと聞く。初日には寝床と水の確保。後は熱源で精いっぱいだった。凍えて死ぬかと思ったが、かき集めた枝に火が付いた時は歓声を上げたものだ。救命ボートの屋根の下、冷え切った体と濡れた衣服を火にあてたものだった。テクノロジーがどれほど進歩しようと、極限状態では大して変わらない。

それにしても。岩場から垂らした釣り糸にはなかなか獲物がかからない。場所が悪いのだろうか。

等と考えていると、ぷかりと浮かんだ物体を見てマーはぎょっとした。

「―――って人間か!大丈夫か!?」

海に入る。引っ張る。苦労して岩場に引き上げる。

そこではたと気付いた。こいつの服装、どこの所属だ?

やけにしっかりした作りからしてこの世界の人間ではあるまい。彼らはテクノロジーの制限から随分と粗末なものを着ている。だが国連軍にしてはデザインが違う。一口に国連軍と言っても結局は多国籍軍だから様々な服装で軍務に就く人間がいるが、こんな軍服の所なんてあったか?

訝しんだ馬は、意識を失った相手———ごくありきたりな白人男性に見える―――のまぶたを指で広げた。

「―――!」

白目がない、黒に染色された眼球。それで、馬にも相手の正体が知れた。

人間の肉体を乗っ取った神々。人殺しの化け物ども。漆黒の眼球はその一員である証拠だ。識別用らしい。

即座に始末することを考え、途方に暮れる。銃がない。こいつは不死化処置を受けている。単に不老や病気への耐性、傷の再生能力が優れているだけではない。身体能力全般が大幅に増強されているし、そうそう殺せない。サバイバルキットのナイフを突き立てて死ねばいいがそうでなければ厄介だ。もう一度海に突き落とす?

悩んでいるうちに、引き上げた男はうめき声。

「……しょうがねえ」

悩むのをやめた馬は、男を引っ張り起こした。


  ◇


「……ぅ」

男が目を覚ました時、視界にまず映ったのは焚火だった。

続いて、天井。樹脂で作られたシート状の物体で出来ているように見える。

周囲を見回すと森の中か?

そして最後に、焚火の向こう側。徐々に回復してきた視界の中、串刺しとなった焼き魚を食べている男の姿が目に入った。東洋系だろうか。

「お目覚めか。お前、人間の言葉は分かるか?」

―――ヒト!

状況を理解した男は飛び起きた。腰に手をやり、そこに何もないことを思い出す。海を漂流する間に銃は失った。

「やめとけ。俺を殺しても何の意味もないぞ。お互い遭難した身だ」

「―――!」

「寝ている間に殺すことも出来た。そうしなかった俺に感謝してもらいたいぐらいだ」

「……」

「冷静になれ。お前の救助が先にくりゃいいだろうが、俺の救助が先に来た時。俺の死体が転がってるのと、仲良く二人で生き延びてるのだったらどっちの方が待遇がいいと思う?」

「……お前の言う通りだ、人間。一時休戦といこう」

「お。喋れるじゃねえの」

「……地球で覚えた」

「そうか」

座り直す。火にあたる。暖かい。

「何故助けた」

「最初人間だと思ったんだよ。紛らわしいなりをしやがって。人間の皮の着心地はどうだ?」

「……」

「俺はごめんだがね。他人の体を乗っ取ってまで生き延びるなんざ」

「……ふん」

相手の態度はお世辞にもよくない。休戦したとはいえこんなものだろう。

「お前はどうして漂流していた」

相手の質問に少しだけ思案。

「船が撃沈された。お前たちの神格にやられた」

「ほう」

「悔しいが、神格の性能はお前たちの方が上だ。よくもあんな化け物どもを飼いならしたものだ」

「あれは化け物じゃあない。お前らにはそう見えるかもしれんがな」

「ふむ」

「あれは俺たちと同じだ。人間のように考えるし、感じるし、生きている。俺たち人類の子供も同然だ」

「だから解剖されれば癇癪かんしゃくを起して我々の都市を破壊したのか」

「癇癪とは聞き捨てならんな。あれは正当な報復だ」

「正当?たかが戦闘用の人工生物一匹を切り刻まれただけで、我々の同胞を何十万と殺すのが正当だと?」

「なら、お前のそれはなんなんだ。生きている人間の体を乗っ取って殺してのうのうと生きてるお前は。遺伝子戦争で、無数の都市を破壊したお前らの行いは正当なのか?今も人間を洗脳し、破壊兵器にして俺たちに差し向けているのは?俺たちがお前たちより劣った生命だから家畜にしていいってのか?」

「そうだ。何が悪い?お前たちには未来がある。我々にはない。このまま滅んでいくしかない。それを避けるためにあがいているだけだ」

「てめえ…っ!

……やめだやめ。アホらしい。ここで争っても余計な体力を使うだけだ。ほれ。お前のぶんだ。食ったら寝ろ。明日にはお前にも働いてもらうからな。俺はもう寝る」

男は、眼前のヒトから差し出された魚と、水が入った缶をまじまじ。と見つめると、やがて受け取った。彼はそれを胃袋の中に収めると、言われた通りに体を横たえた。

島に国連軍の救助が来たのは、更に二日後のことだった。




―――西暦二〇五二年。神々の都市が破壊されてから一週間後の出来事。

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