幕切れ

「結果はすぐわかる。今は信じて待つよりほかはない」


樹海の惑星グ=ラス上空 門より百八十キロメートル】


―――こいつはハードだな。

アランはそんなことを思った。

飛行中のチェシャ猫は彼を含めて十二名。二万トンの質量を誇る彼らひとりひとりが、背に巨神をまたがらせて加速している。目的地は今向かっている方向とは正反対。背後にあるが、これでいいのだった。ベクトルをあわせるためだ。チェシャ猫の瞬間移動は向きと運動エネルギーをそのまま保存する。惑星上で使う場合は場所を厳密に考慮しなければ自転でひどい目にあうし、宇宙空間の一点を落下中の小天体に着地するならば速度差を0に近づけねばならない。その目的での加速だった。進路は既に安全が確保されているが絶対のものではない。すぐさま人類の勢力圏から飛び出すだろう。速度からして神々と言えども迎撃は難しいが。一見便利だがその実かなり不便なアスペクトではあった。

それでも、今回のような状況では役に立つ。

十二体のチェシャ猫と騎乗している巨神で二十四。それだけではなく、それぞれの巨神には別の神格も同乗している。目的地にたどり着けば巨神を実体化させるだろう。神々の妨害を搔い潜り、戦略級神格を無事に目的地へと送り届けねばならない。そう。巨大な小惑星を大気中で燃え尽きるまで細かく破壊できるだけの能力を持った、都市破壊型神格を。

雲が下を流れていく。青空の色が変わっていく。大気が薄くなる。宇宙が近い。

「タイミングを合わせろ!同時に跳躍するぞ」

既定の速度に達した編隊はやがて跳躍。その場から掻き消え、この宇宙の別の場所で再度実体化した。


  ◇


【門 地球側 旗艦】


「―――彼らはうまくやったでしょうか」

「すぐに分かる。今は信じて待つしかない」

志織は参謀副官をたしなめた。

不審な電波通信を受信したのはほんの数刻前のこと。門への小惑星投下攻撃を警告する内容だったそれに、志織は即座に天文観測の強化と迎撃部隊の編成を開始した。複数の艦艇がそのレールガンを用いて観測機器や中継機器を詰め込んだ砲弾を第一宇宙速度で投射し、宇宙を周回する間に小惑星が実在する事が突き止められた。

問題は、その小惑星が大きすぎた事。破壊できるだけの戦略級神格が神々の攻勢に対処するためにおおむね出払っており、決め手に欠けていたのである。員数外の戦略級神格として先日保護されたヘルの名が挙がり、厳重な護衛と共に空へ上げたのがつい先ほど。

一方、電波の発信源には神格を送り込んだ。こちらもそろそろ接触し、確保していてもおかしくはない。

「厄介なものだ。科学の進歩は我々の構築した陣地に無敵の防御力を与えてくれたが、小惑星を落とされれば一巻の終わりだ」

「敵は総当たりでようやく有効な手段を発見したに過ぎません。それも我々が阻止できる事が分かれば、神々は途方に暮れるでしょう」

門の防衛の根幹を支えているのはユグドラシル級神格の高い防御力だ。それですら天体が落とされれば防ぐのは困難である。敵としても、惑星環境を犠牲にする危険な攻撃ではあろうが。

人類は神々の故郷を人質に取っているのだ。

その時だった。オペレータより連絡が入ったのは。

「―――小惑星破壊部隊より入電。小惑星の破壊に成功したとのことです」

「案ずるより産むが易し。片付いたか。今夜は流星雨が見られそうだな」

「同感です。あちらは美しい夜となるでしょう」

報告に、志織は微笑んだ。

「さあ。喜んでばかりはいられないぞ。まだまだやるべきことは山積みだ」

「はっ」




―――西暦二〇五二年五月五日。都築燈火が神王ソ・トトを打倒し、国連軍に保護された日の出来事。

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