サルベージ船

「なあ。ほんとに受信されとるんやろか?国連軍に」


樹海の惑星グ=ラス南半球 最前線 人類勢力圏内海上 海賊船ブリッジ】


「分からん。そもそも徒労の可能性もある。彼らが自力で対処できていてもおかしくはない」

髭で顔が覆われた男は、同行者にそう答えた。

周囲はモニターに囲まれた空間。その船長席でのことである。

男は―――神々の遺跡からのサルベージを生業とする海賊"髭熊"は考える。この船の性能はそれなりに優れている。元々が神々の太古の密輸船だったらしい。その再生品だった。特に民生品で修理維持できるのが素晴らしい、上面を熱光学迷彩で隠す事の出来る双胴型の半潜水艇。

だが、旧式でそしてそもそも軍事用ではない。

北半球、海辺の街が消滅してからの半年あまり、髭熊は息をひそめるようにして生きて来た。神々は本腰を入れてこちらを捜索してきた。見つからなかったのは幸運だったというほかない。その捜索の手が緩んだのは、それどころではなくなったからだ。

国連軍への対応で、奴らは手一杯だった。

とは言え、国連軍と神々が激突する戦場に足を踏み入れるとは正気の沙汰ではない。それでも髭熊にはやらねばならない理由があった。

門に危機が迫っていたから。

神々による通信妨害によって通信距離が著しく短くなっている現状、交信可能範囲まで直接出向くより他はない。身を隠すために南半球にいたのは幸運だった。災厄以前の放棄されたネットワークを用いて、仲間たちに連絡が取れたのも。

門開通後。数名と連絡が取れなくなり、残る十数名と言葉を交わした。彼ら彼女らと形作る緩やかなネットワークは神々に対抗するためのものだが、門が開通したことでその意味は変わろうとしている。

そして、海辺の街で髭熊と言葉を交わして以降、ほぼ半年ぶりにネットワークに復帰した、メンバーのひとり。都築燈火。彼が何をやっているかを知っていたのは直接の仲間を除けば髭熊だけだろうが、その自分もどこで、いつ。となると分からなかった。その結果が門の開通だ。

偉業は成し遂げられたのだ。それを途切れさせるわけにはいかない。

「なあ。旦那はん。もし国連軍が来たらどないするん?」

「そりゃ諸手を上げてお出迎えだ。お前も怪しまれるような行動は一切するなよ。殺されるぞ」

「もちろん。そのつもりでついてきとるし。

けど、やってきたのが神々やったら?」

「最悪、俺の脳を復元不能なまでに潰せ。そして逃げ延びろ。そ知らぬふりで通せ。俺のことなんか忘れて、元通り眷属として生きろ。お前ならそれくらいできるだろう?」

「嫌やわあ。そんなん」

「それでも、だ。神々を裏切った時点でその覚悟はしたはずだろう」

同行者を見る。美しい、異形の女だった。全体の印象は人魚。耳の代わりに大きな鰓が生え、下半身は、二本の脚の代わりに海獣を思わせる胴体と、そして大きなヒレ。長い尾は水中にも陸上にも適応し、指には水かきがある。上半身を覆っているシャツの下、両脇にも鰓が隠されていることを、髭熊は知っていた。

蒼い髪と唇が美しい彼女は、人間ではない。神々の眷属であった。裏切者の彼女をそう呼ぶべきかどうかは議論の分かれるところだが。人としての記憶は保っているが、その脳を今も支配しているのは寄生した神格である。個体名"フォルネウス"。現在この惑星には眷属が数万体存在しているが、彼女のような裏切り者が何体いるかは不明だ。恐らく限りなく0に近いだろう。人類側神格を含めても、その総数は二十には届かないはずだ。

彼女が持ち込んだ情報。神々による小惑星投下攻撃の事実を国連軍に持ち込むために、髭熊は命を懸けている。正確な情報ではない。末端に与えられるものなど退避のタイミングくらいなものだ。

十分に接近し、国連軍が活動しているであろう範囲まで来た時点で暗号化した電波を指向性を持たせたうえで断続的に発信している。彼らが受け取っていれば、対処を始めてくれることだろう。こちらを信じ、なおかつ指揮官が有能であれば。神々とここまで渡り合っている指揮官が無能とは考え難いが。

既にやるべきことはやったが、後退の二文字はない。国連軍と神々。どちらに補足された方が安全かを考えれば、もちろん国連軍だった。ここまで来た以上は前進し、保護されるつもりである。同行者と共に。

臓腑が締め付けられるような思いで、計器を眺める。

そこには何も映ってはいない。いつも通りの荒海だけが存在を声高に主張している。何かがうつることはもうないかもしれない。気が付かないうちに撃沈され、原子の塵にまで分解されているかもしれない。

耐えがたい恐怖との戦い。

それは、唐突に終わりを告げた。

わずかな振動。次いで各種計器の警報。

「―――!来たか」

待っていた者がやってきた。周囲の水が持ち上がっていく様子をカメラが写している。残念ながらそれ以上は分からない。自ら目視するよりほかはない。

どうか人類でありますように。そう祈りながら、髭熊は階段を上りハッチを開けた。

「―――おお」

陽光を反射する輝きは、驚くほどに神々しかった。

それは小麦色の奔流。セラミックのようにも液体のようにも見える大質量が強風を引き連れ、上空で停止。

自己組織化によって見事な毛並みまで再現された五十メートルの巨体は、獣相の備わった頭部から角を生やし、冠をつけ、軽装の甲冑をまとい、弓と矢筒で武装し、そして背面には十数本の大剣を翼のように浮遊させた巨体を小麦色に輝かせている見事な像である。

女神像。いや、獣神像であった。

目が合う。

―――どちらだ?

国連軍か。それとも神々の眷属か。

判別するべき点を探す。顔が隠されていない。神々の眷属と異なるルールに基づいてデザインされた容姿。

そして、それより確実なものを髭熊は、獣神像の肩口に認めた。

全体のデザインと調和するように刻まれた、国連とそしてイタリア国旗を意匠とする二つのレリーフ。

人類製神格であった。

小麦色の人類製神格は、口を開いた。それは指向性の音波として髭熊の耳元にまで正確に届き、そして告げる。

「こちらは国連軍所属の神格です。停船し、所属と目的を明らかにした上でこちらの指示に従ってください。繰り返します。……」

英語で発せられた言葉に髭熊は、晴れやかな笑みを浮かべた。助かった。己は賭けに勝ったのだ。もちろん、この後同行者についてや自分が何者なのかを相手に納得させる。と言った難事業が待ち構えてはいたが。

「オーケーだ。言う通りにする。俺はあんたたちに危機を知らせに来たんだ。ついでに保護してもらえるともっとありがたい。

ああそうそう。船の乗員を紹介するが、いきなり撃たないでくれよ。……」

髭熊は細大漏らさず相手へと説明した。少々てこずった部分もあったが、最終的には髭熊とフォルネウスのふたりは保護される運びとなった。




―――西暦二〇五二年五月五日。都築燈火たちが小惑星投下部隊と交戦を開始する直前、海辺の街で髭熊が都築燈火に門の部品を供与してから半年あまり経った日の出来事。

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