父の遺したもの

「燈火さん。あなたは都築弘という人のことを知っていますか?」


【樹海の惑星 門防衛仮設陣地】


「ここも二か月ぶりか……」

端正な顔立ちの、青年だった。

身に着けているのはコート。日に焼けた姿はまだ若いが、老成されたその物腰と相まって奇妙な風格を感じさせる。

彼の視界に広がっていたのは、メガフロート。滑走路。各種航空兵器。作業しているスタッフたち。樹海に覆われた島と、その向こう側に広がる門。

そして、軍服を身に着けた多種多様な生き物たち。

振り返る。

そこに跪いていたのは暗灰色の女神像。五十メートルの巨体を甲冑で包んだ優美なる造形である。つい先ほどまで、青年は彼女と共に戦っていたのだ。神王と。

後からくるものたちにも目をやる。

続けて降りてきたのは純白の女神像と、そして銀の女神像。いずれも大切な仲間たちだった。

他の仲間も自力でこちらに向かっている頃だろう。近いうちに合流できると、青年は信じた。

そして。

「―――燈火さん!」

銀の女神像の掌からせり出してきた長身の女性の姿を見上げ、青年は。都築燈火は、微笑んだ。

「やあ。久しぶり、ヘル」

流星雨が降り注ぐ夜空の下。都築燈火は、とうとう地球人類の前にその姿を現したのだった。


  ◇


国連軍が小惑星に到達した時点で、戦いは既にほぼ終わっていた。四名の人類側神格と、そして敵旗艦に直接乗り込んだ都築燈火によって神々の軍勢はほとんど壊滅していたのである。国連軍がやったことと言えば残存勢力を追い払うことと、半分にまで小さくなった小惑星を完膚なきまでに破壊するヘルの手伝いをした事くらいのものだろう。

もはや人類の間で最も有名な男は、その伝説に新たな1ページを付け加えたのだ。

人類史上初の、宇宙空間における接舷切り込み戦ボーディングを成功させた男として。神王の一柱を倒した男として。

国連軍に伴われて地表へと降下した彼らはこうして門の傍らに設営された基地へと降り立ったのだった。


  ◇


「燈火さん。ですよね」

はるなは、相手に話しかけた。

どこか見知った雰囲気の、若い男。ヘルから聞いた話では、不死化処置が施されているという。外見に不釣り合いな老成された物腰もそれが原因であろう。

知性強化動物に、それも日本語で話しかけられて面食らったか、返事は微妙にぎこちなかった。

「はい?ああ。そりゃ喋れますよね。失礼しました。

そうだ。預けた方がいいですか、武器は。もう弾は残ってないけど」

「あー。じゃあ一応。……ってそうじゃなくて。

都築弘。という人を知っていますか」

「それは父だけど」

「私の父の名でもあります」

「―――!?」

青年の顔に、驚愕が広がった。

「私を作った人です。私は、刀祢くんと一緒に育ちました。一緒、と言っても、二年で大人になりましたが」

「君は―――」

「わたしは、はるな。知性強化動物、はるな。人類製第一世代型神格、九尾級。都築博士によって生み出された、神格を組み込むための人造生命体。その最初のひとりです。

刀祢くんは、あなたが生きていますようにと祈ってた。この三十年あまり、ずっと」

「父さんは。兄はどうなったんですか?」

「弘さんは亡くなりました。病気です。刀祢くんは今も生きています。結婚して、家族もいます」

「そっか……あの後ちゃんと、逃げ延びたんだなあ。兄さん」

青年は、しみじみと言った。その言葉にわずかな嗚咽が混じっていたのははるなの聞き間違いではあるまい。

「刀祢くんは、あの日のこと。神戸に門が開いた日のことを何度も話してくれました。あなたのことも」

「……」

「あの戦争の後。弘さんは、全知と全能をかけて私達を作り上げました。国家規模のプロジェクトです。試みは成功し、私達知性強化動物という種族が生まれた。私は動物に人体構造を加えられ、脳の発達を大幅に加速された生き物です。拡張身体としての神格によって、人類を守るために作られました。弘さんは、私達を作るだけでは終わらせなかった。私達が幸せに生きていける世界を作り上げることに全力を注いでくれました」

「そっか。父さんらしいな」

「あなたからの手紙には驚きました。私も、刀祢くんも。いえ、都築博士という天才を知るすべての人が驚愕したんです。彼は生きていればノーベル医学・生理学賞も確実。とさえ言われていましたから」

「凄いことをしたんだなあ……」

燈火は再び滑走路を見渡した。そこに降下してくる巨神たちのことごとくが獣を象っていた理由を、燈火はこのとき初めて知ったのだ。

彼の知る巨神とは、肉体の姿を模すものだったから。

「あなたもです。燈火さん」

「僕が?」

「ええ。あなたが門を開いてくれたから、私達はここに来ることが出来たんです。人類はこの世界の座標を知らなかったから。

あなたの帰還は、多くの引き裂かれた家族にとって希望となるでしょう。刀祢くんにとってが、そうであるように」

「僕のしたことは意味があったか……よかった。本当に。

見捨てられたらどうしよう。門を修復してる間じゅう、ずっとそれで不安でした。けれどあなた方は来てくれた。

僕にとってはそれで十分です」

「人類は、この門を守り通すでしょう。手の届く限り、この世界の人々へ救いの手を差し伸べるでしょう。

さ。そろそろ移動しましょう。ここは冷えますから」

はるなは、いつの間にか近くに佇んでいた燈火の仲間たちに向けても言った。巨神を消去し、生身を晒している女性たちに向けて。

青年は最後にもう一度だけ夜空を見上げると、後に続いた。




―――西暦二〇五二年五月五日。都築燈火がはるなと出会った日の出来事。

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