接近戦
「お見事です」「お互いにね」
【
「荒海ですな」
「荒れてるね……」
リスカムは司令官席から、艦長に対して答えた。
CIC内は一般的なイメージに反して明るい。高度に機械化されたそこは省力化によってわずかなスタッフのみが乗務している。船体全体でもその人数は非常に少ない。艦齢二十八年を数えるこの艦は、しかし幾度もの近代化改修を経て今も現役だ。
かつて叔父が乗っていたという船と同じ名の艦の司令官席に座るリスカムは、この偶然の意味を深くかみしめていた。
総数四隻の小艦隊。十数名の第二・第三世代の人類製神格たち。人間の兵員たち。それらすべての運命がリスカムの手の中にある。
第一世代は戦力としてはもはや二線級だ。直接の戦闘に投入されることはためらわれたが、その対眷属戦闘以外での有用性はいまだ高い。リスカムがこの立場を与えられたのもそこに起因する。
モニター上では刻一刻と変わる敵味方の配置。戦闘中だった。敵神の総数は二十弱。艦は六。こちらとほぼ同等だが、実際の戦力比ではこちらが圧倒している。第二世代でも眷属と同等以上の性能と極めて高い生存性を持つ。ましてや第三世代の戦闘力は眷属の数倍に達するのだ。
「敵は犠牲を厭わぬ構えのようです」
「うん。付き合う必要はない。守りを徹底させて」
実際の巨神戦は短時間で終わることがほとんどだ。眷属の集中力は何十分という激しい戦闘に耐えられない。第二世代以降の人類製神格は違う。相手のスタミナ切れを待つことができる。特にこのような何もない海上でなら。集中力を失い防御力の低下した眷属など撃破するのは容易い。昔はそこまで持っていくのが困難だったが、今は異なる。
単純な神格のスペックでは表せない、人類製神格の優位性はこんなところにも現れる。
「このまま押し切れるでしょうか」
「どうだろう。そこまで敵も馬鹿じゃないと思うけど」
その時だった。警報が鳴ったのは。
次いで、激しい衝撃。船体が急速に傾き、固定されていない全てのものが飛び交っていく。
「―――眷属です!曳航中の
「!総員ショックに備えろ!」
艦長の命令は、即座に実行された。
◇
海底に沿ってアンドレア・ドーリアへと接近したのはニョルズの名を持つ紺碧の眷属であった。
替え玉に欺瞞されたと気付いた彼は、1万トンの質量で敵艦の真下より衝突。凄まじい運動エネルギーで突上げられたアンドレア・ドーリアの鋭利な船体は、真上へと倒立。僅かな間安定する。
そんな状態ですら、この老齢艦はその真価を見せ付けた。
船体前方のサイロから何本ものロケット魚雷が飛び出すと、先端を下に向けて百メートルの距離を隔てて落下。そのまま船体の尻の下を潜り抜け、敵神に向けて突っ込んだのである。
危機を察知したニョルズは追撃を中止してたまらず退避。空中へと飛び出し、兜と腰布で覆われた以外は逞しい裸身を露とした。獲物に逃れられ、安全装置により停止する魚雷群。
その下でゆっくりと姿勢を復元していくアンドレア・ドーリアは、隙を見逃さなかった。
艦首レーザー砲。艦中央付近のレールガン。その他あらゆる火器を総動員したのである。
何発ものプラズマ弾が眷属の顔面から胸にかけて命中。醜い傷跡を残し、レーザーが表面を切り裂き、多数の対空火器が更に傷口をえぐった。情け容赦など一欠片もない猛攻だった。
直後。激しい波を立てながら復元し終えたアンドレア・ドーリアの至近で、ニョルズは砕け散った。
◇
「被害報告を。索敵を密に」
部下に命じると、艦長は傍らの上官に振り返った。
「―――お見事」
「ヒヤッとしましたが。日頃の訓練の成果を活かせてよかった」
神格は、特に海中では高いステルス性を持つ。第二種永久機関によって本来撒き散らされるエネルギーの多くを吸い取ってしまうからだ。ましてや遺伝子戦争と異なり、ここは敵のホームグラウンドである。接近戦は対眷属戦での課題でもあった。
もし敵に取り付かれていれば、こうはいかなかっただろう。
とはいえ、安堵している暇はなかった。敵は単独ではなかったからである。
「二体目の反応。左舷一キロ!」
「レールガンを使え!」
砲が旋回。即座に射撃を開始する。強烈なプラズマ弾が投射され、そして巨大な物体へと激突した。
立て続けの連射を無防備に受けるのは、百メートルあまりの凍結した海水で出来たキューブ。分子運動制御で出来た盾であった。本体はその陰に隠れているのだ。
失策を、艦長は悟った。砲と連動するモニターの映像には、キューブの陰より槍を構えた眷属の姿が見える。回避の余地はない。
「総員、衝撃に備えろ!」
艦長の叫びと、槍の投射は同時。
直後、凄まじい衝撃が艦を襲い―――
ショックから立ち直った艦長は、自らがまだ生きていたことに驚いた。
次いで、隣の司令官を見る。
「砲撃そのまま。援護して」
敵を見据えるリスカムに対して、艦長は命令を復唱した。
◇
槍を潜って回避したアンドレア・ドーリア。その真上に出現していたのはリオコルノだった。戦衣をまとい、角を生やしたシカにも似る頭部を備え、剣と弓で武装した1万トンの青白い巨人が実体化したのである。
CICから拡張身体を操るリスカムは、アンドレア・ドーリアを海中に押し込む手を離した。分子運動制御から解放されて浮かび上がる船体が射撃を再開したのを認めると、自らも弓を手に取ったのだ。
膨大な熱量が矢に流れ込み、一方向に束ねられ、そして斜め上に射出された。
音速の三十倍で飛翔する百トンの矢は、一見物理法則に反する挙動をした。その速度にも関わらず急な放物線を描いて敵神を真上から強襲したのである。
二投目を準備していた眷属は、たまらず盾の陰から飛び出した。その隙を逃さず砲撃が襲いかかる。更にはリオコルノも弓を投げ捨て、剣を引き抜いて飛び出したではないか。
アンドレア・ドーリアとリオコルノ。二つの敵に眷属は、迷った。
それが、致命的な結果を招いた。
レールガンの射線と交わる軌道で飛び込んだリオコルノは、強烈な刺突を繰り出す。受け止め損ない、串刺しとなる眷属。
そこへ、幾つもの砲撃が突き刺さった。
一拍置いて、眷属は砕け散った。
◇
「―――お見事でした。司令」
先程の言葉を相手に返すと、艦長はシートに座り直した。危なかったがなんとか生き延びた。あれが同時攻撃だったらこうは行かなかったろうが、神格と言えどもステルス中にタイミングを合わせるのは難しい。
「損害は?」
「作戦続行可能な範疇です。戻ればオーバーホールが必要ですが」
「わかった」
リスカムは頷くと、自らの役目。指揮官としての努めに専念した。
この場の戦闘は、人類が優勢なままで終わった。
―――西暦二〇五二年五月一日。神々による攻勢が強まって三日、神々による門への小惑星投下攻撃が最終段階に入る四日前の出来事。
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