遅れて来た知らせ
「大丈夫?しっかり眠れてる?ご飯は?……ごめんね。貴女はもう大人だものね。
分かったわ。気をつけて」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ海軍基地 官舎】
告げると、モニカは電話を切った。
基地の官舎。リビングでのことである。
「リスカム?」
「ええ。あの子から。敵の攻勢が強まってるって」
「しんぱい」
「そうね…心配だわ」
ペレに答えると、モニカはソファにひっくり返った。門の向こうはもう、電話が比較的安定して通じる。専用の回線が設置されたのだ。現地の軍人たちのためである。
この一月あまり激動だった。
リスカムは門の向こうへ旅立ったし、ゴールドマンは奔走している。顔見知りの人類側神格たちも動いているようだ。モニカ自身、ゴールドマン不在の中で子供たちの世話の監督をしている。
そして、兄のこと。
門を開いた人類側神格の中に、モニカの血縁者がいる。と言う連絡が来たときは全くの寝耳に水だった。前線から退いた今も、モニカは国連軍に登録されている―――人類側神格に限らず人類勢力に属する神格は全てそうだが———ため、モニカの遺伝子情報も国連軍は管理している。もはや人間だった時の痕跡などわずかなもののはずだが、それと照合された結果。別の人類側神格らしき人物と合致する部分があると確認されたのである。
フランソワーズ・ベルッチ。人類に対してあてられた手紙に名前が記されていた人物のひとり。恐らく女性。兄ジュリオの娘だろうか。孫かもしれない。遺伝子改造が激しすぎたため、そこまでは分からない。ただ、アンドレア・ドーリアが沈んでもう三十四年。孫ができていても全く不思議ではない。フランソワーズと言う名からしてフランス系との間にできた子なのだろう。分かるのはそれくらいだった。つい先日までは。
この知らせを受け取ったモニカがまず仰天し、続いて家族全員が上へ下への大騒ぎとなった。無理もない。念のために血のつながった家族全員遺伝子検査されたが可能性はいや増すばかり。先日、モニカ自らイースター島まで飛んだ。そこで門の向こうから救助されたという銀髪の人類側神格と言葉を交わし、疑念は確信へと変わった。フランソワーズ。仲間や親しい者たちからはフランと呼ばれていた少女はまだ十歳。その父の名はジュリオといい、遺伝子戦争中は軍艦に乗っていたのだという。眷属と相討ちとなり、海に投げ出されたところを神々に救助されて捕虜となったのだと。軍艦の名前までは当の人類側神格は知らなかったが、兄が消息を絶ったときの状況とは合致する。
それにしても、フランという少女が生まれた頃は兄は四十を過ぎていたはずだが。大したものだった。きっとロマンスがあったのだろう。どのような人生を歩んだのだろう。どう生きたのだろう。そして、どう死んだのだろう。
そう。死んだ。神々によって殺された。去年のことだ。門の開通を待つことなく。
生きているかも。というかすかな希望は完膚なきまでに失われた。今度こそジュリオは本当に死んだのだ。何しろモニカは、現場にいた当事者からどのように兄が亡くなったのかを直接聞いたのだから。
眷属へと作り変えられたフランソワーズから秘密を守るために拳銃自殺を図り、自らの頭を撃ち抜き、しかし脳から情報を引き出されたのだと。最後には都築燈火とその仲間たちを殺傷するため、
家に戻ったモニカはただ、兄が前年に亡くなったことだけを告げた。他に何といえばいい?
「あいたい?」
「そうね。会ってみたいかもね。フランソワーズ、っていう娘とは。でも今は、リスカムの方が心配」
「しんぱい」
「そう。あの子や、他のみんなが無事帰ってこられるよう祈りましょう」
「うん」
兄かもしれない人物の娘も気になるが、まずは手塩にかけて育てた自分の娘だ。彼女だってお世辞にも安全とは言えない場所にいるのだ。モニカは、母親なのだから。
―――西暦二〇五二年四月。ジュリオ・ベルッチが亡くなった翌年の出来事。
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