最南端の黒犬

「嘘じゃないよ!ほんとに黒犬ブラックドッグドラゴーネを見たんだってば!」


樹海の惑星グ=ラス南半球 大陸南端部の村落】


女の子は大声で主張した。

「まーた嘘言ってる」

「嘘じゃないもん!ほんとだもん!」

日が陰り始めた頃のこと。大陸の南端にあるこの村の環境は過酷だ。土地は農耕に適さず、牧畜も出来ない。住民は海の幸と他所の集落との交易で細々と暮らしていた。

そんな村落の民家で、祖父に向けて子供が見たものを訴えていたのだった。

「まあまあ。嘘と決めつけたらかわいそうだ。話してごらん」

「おじいちゃんあのね、森で遊んでたらね。へんなのがいたの。木の陰の隠れてたけど、こおんなに、大きいのよ。尻尾がふたつ生えてて、服を着てるの。でも四本の足で歩いてるの。

それでね。近づこうとしたら、向こうからもう一匹おっきいのがきたの」

「もう一匹?」

「うん。二本足で歩いてたけど、前にも後ろにも体が伸びてるのよ。毛がたくさんふさふさに生えてて、真っ白だった。きれいな竜なのよ」

「ほうほう。不思議だなあ。それで、どうなった?」

「しばらく二匹でお話してたの。わたしは隠れてみてたら、どこかにいっちゃった」

「そうかそうか」

孫の頭をなでる祖父の手つきは、優しい。

「じいちゃん、竜とか黒犬ってみたことある?」

「うーむ。ないな」

「でも色んな不思議なもののある世界に住んでたんだろう?じいちゃん。漕がなくても進む舟とか、洗濯を勝手にしてくれる箱とか、遠くの人と話ができる道具とか」

「昔の話だがなあ。今はこうして暮らしておる。神々に連れてこられてな」

「どうして神々は、おじいちゃんたちをこの世界につれてきたの?」

「さあなあ。分からんよ。ひとつだけ確かなのは、彼らには逆らわんほうがいい。と言うことだなあ。

さ。もうすぐ日が暮れる。歯を磨いたらお眠り」

「「はーい」」

子供たちは、祖父の言いつけに従った。


  ◇


「―――お前、白いもふもふらしいぞ」

「―――らしいなあ」

前方の民家での会話の全てを聞いていたのは、木々の合間に潜んでいる者たち。

中でも最前列でレーザー聴音機ごしに盗聴していたのは、ドラゴーネ黒犬ブラックドッグのコンビだった。先ほど女の子の言及にあった当人たちである。

竜の名をドロミテ。黒犬の名をジョージといった。

周囲からは無線ごしに苦笑。地面のくぼみや木々に隠れた、やはりブラックドッグやドラゴーネが一名ずつ。対AI迷彩を着込みハイテクと銃で武装した人間の特殊部隊員たち。そういった人々の姿がある。

巨神で海中を移動し上陸した部隊の、これで全員だった。その任務は人類集落の存在の確認と現状の調査。

厄介だった。こちらの人類を救出する以上不可欠な調査だったが、何しろ三十五年も文明から隔絶されていた人々だ。故に遠方から監視していたのだった。

樹海のほとりでのことである。ガラスのような透明な葉は顔を出したばかりの月光を乱反射し、下生えもない世界は幻想的ですらあった。そんな森に遮られているが、風の威力は凄まじい。先日国連軍が入手した資料曰くこの地域特有のものらしいが。南半球の南端近くを一周するように、一年を通じて強風が吹いているのだ。地球のパタゴニアあたりと似たものかもしれない。

そして、樹海と外とを隔てる境界線の向こう側。

見えるのは、木造の平屋や家畜小屋らしき建物。石壁に囲まれているのは風除けのための構造だろう。目を凝らしてみればそれが幾つも並んでいるのがわかる。

村落だった。

「それにしても、本当に場所によって文明レベルが異なるんだな。今の様子だと、無線機や洗濯機は愚か蒸気機関も見た事がないようだ。"おじいちゃん"はともかく」

「彼だって自分の置かれている状況を正確に把握はしていないように見える。門を開いた人たちは高度な科学知識と正確な現状認識を持ってたっていうのに」

「まああれは例外中の例外だと考えた方がよさそうだ。どうする?」

ふたりの問いかけに答えたのは、特殊部隊員の長。彼は数名に視線を向けると指示を下した。

「二人ついてこい」

指示を受け、ジョージはよっこらしょ。と二足歩行に移った。用意していたコートをはおり、フードを目深まぶかにかぶって人間の兵士たちに続く。暗がりではぱっと見には人間に見えるだろう。前屈姿勢で、長い尾を引き、異様な巨体なのを除けば。このへんはドラゴーネでも五十歩百歩だ。

民家の前に辿り着くと、マントを羽織った兵士らが扉を叩いた。

待つことしばし。

やがて、おずおずと扉が開かれた。


  ◇


祖父は扉から顔を出すと警戒の眼差しを向けた。そこに立っていたのは二人。いや、三人の男。フードを被り、マントを羽織っている。

「夜分遅くに失礼。少しお話をさせてもらいたいのですが」

右の男が口を開いた。流暢なスペイン語。祖父の母語と同じ言語だった。

「何者かね」

「国際連合軍の者です。地球から来ました」

「―――!?」

祖父の表情がこわばる。相手の言葉を正確に理解したが故だった。

そんなものが、この世界にいる?地球から来ただと?この三十五年。いや、三十六年か。文明から隔絶されたこの世界で、何の音沙汰もなかったというのに。

しばし迷った末、祖父は決断を下した。

「中へ」


  ◇


「で。改めて聞こう。あんたらは何者だね」

「改めまして。私は国連軍所属、ラファエル・ナダル少佐です。こちらのふたりは私の同僚です」

「……あんたらが地球から来たとしよう。どうやって?何が目的だ?」

「世界間の門を抜けて。あなたがこちらに連れてこられた時に開いた構造物と同じものです。人類はそのテクノロジーの入手に成功しました。それによって開いた門を使ってこちらの世界に侵入したのです。

あなた方を、救出するために」

「救出?」

「ええ。神々。そう自称する生命体の手からあなた方を救い出すのが我々の任務です」

「……あんたがたは、連中が何者なのか知っているのか。ビルのように巨大な眷属を従え、恐るべき力を持つあやつらのことを」

「知っています。彼らはただの自然進化の産物。人類同様に自然の法則が生み出した知的生命体に過ぎない。彼らがあなた方を連れ去り、この世界に根付かせ、無知な状態に置いているのはその方が管理がしやすいからです。神々は人間に増えて貰わないと困るのです。何しろ大勢の人間が必要となるのですから」

「……教えてくれ。私の娘はどうなった。孫たちを残して神々に連れ去られたあの子は」

「亡くなられました。神々は人間を眷属の材料として用いるか、あるいは自分たち自身の代わりの肉体として用います。どちらにせよ、娘さんはもうこの世にはおられないと考えた方がよいでしょう。お気の毒ですが」

「―――!」

「我々にはあなたの手助けが必要です。村の人々すべてを救出できるだけの能力を我々はもっていますが、村人自身がしたがってくれなければ」

「説得に手を貸せ、と?」

「ええ」

「……あんたたちが事実を語っていると、どうやって証明する?」

その問いに、ナダル少佐は頷くと背後に視線を向けた。そこに座り込んでいたいびつな巨体が、マントを脱ぎ捨てる。

中から出てきたのは、異形。

長い二本の尻尾と発達した下半身を備える服を着た獣が、そこに座っていたのである。

「……こいつは」

「彼はジョージ。神々の眷属に対抗するため、遺伝子操作と外科手術で作られた知性強化動物。我々地球人類の心強い同胞です」

驚愕する祖父に向けてナダル少佐は続ける。

「あなた方が門のこちらへと連れ去られた後、地球人類と神々は熾烈な争いを繰り広げました。その過程で得た神々のテクノロジーをより発展させ、今と言う時代に備えてきたのです。ジョージもその技術によって生まれた。

どうか、我々を手伝ってください」

頭を下げるナダルに困惑する祖父。

その時だった。

「……おじいちゃん?」

隣室から顔を出してきたのは、ベッドに入ったはずの女の子。

彼女は時ならぬ来客に驚き、そして奥にいたブラックドッグを見て固まった。

「……ほんとうに、いた…」

女の子はジョージの傍に行くと、ぺたぺた。触り出す。

「この子が大人になった時。その身の安全を担保するものは何もありません。神々の気分次第で運命が決まる。娘さんの次は、この子を神々に捧げますか?」

「……いいだろう。どうすればいいか、話を聞かせてくれ」

祖父の返答に、ナダル少佐らは頷いた。




―――西暦二〇五二年。樹海の惑星に生きる人類集落の救出に初めて成功した日の出来事。

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