男泣き

「父さん。……泣いてるの?」


【埼玉県 都築家】


「父さん。平気?」

真っ暗な部屋だった。

仏間を覗き込んだ相火は、内部の異様な雰囲気にギョッとし、そして違和感の理由に気付いた。

「……泣いてるの、父さん」

「―――すまん。一人にしてくれ」

「うん」

相火はふすまを閉じて去っていき、仏間には刀祢だけが残された。

刀祢は、畳の上に転がるスマートフォンへ目を向けた。

表示されているのははるなからのメール。電話をかけても出なかった彼女にメールで問い合わせた結果が、帰ってきたのだった。

『メール見ました。返事が遅くなってごめんね。こっちは忙しくて』

そう始まったメールの内容はシンプルだ。都築燈火。あの手紙の差出人が、刀祢の弟である可能性は今のところ否定されていないということ。詳しいことはまだ言えないが、いくつかの状況証拠から本人である可能性は十分にあるということ。現地で彼のDNAサンプルが採集されているため、刀祢のそれと比較するために自衛隊から連絡がいくかもしれないということ。"都築燈火"は、少なくとも門開通の直前。国連軍が神々の軍勢と交戦する数十分前までは生存していた可能性が極めて高いこと。

最後にひとこと。

『希望は捨てないで。この"都築燈火"が燈火さんで、今もまだ生きている可能性はあるから』

と。

その言葉が添えられて、はるなからのメールはおしまいだった。

刀祢は知った。毎年の初詣で願っていたこと。「どうか、母さんや燈火たちが生き延びていますように」と言う願い。それを、天が聞き届けていたという事実を。

「昔からそうだ。なんだよ。『今あなた方の助けを待っている人々が、数千万人残っています。どうか、彼らを見捨てないで』って。たまには自分のことを心配しろよ。せっかく門を開いたのに他人を助ける事を考えてたのか、お前は。僕を助けた時から全然変わってない。むしろパワーアップだ。出来すぎだろ。お前と比べたら僕は一体なんだよ。永遠に駄目な兄貴か?」

手紙の主は間違いなく弟だろう。他に自分のひとつ年下で、自分を犠牲にしてでも人を救うことを考えている同姓同名の人間がいるとは思えない。

「畜生。あとちょっとだったじゃないか。畜生……」

刀祢は泣いていた。父が亡くなった時以来、一度も泣いたことがないというのに。

数十年ぶりの涙が、畳を濡らしていた。




―――西暦二〇五二年三月十六日。都築燈火が神王の一柱を討ち取る二か月前、樹海大戦勃発から二週間目の出来事。

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