相互確証破壊

「いやはや。ただでさえ忙しいというのに、状況はわたしたちを休ませる気がないらしい」


【ドイツ連邦共和国 ベルリン・ブランデンブルク国際空港 ラウンジ】


「さて。旧交を温めたいところだが、取れる時間はあるかな。ゴールドマン君」

「あまりの忙しさにてんてこ舞いですよ、まったく。飛行機を待つ時間くらいはありますが。そちらはどうです?テオドール」

「私も似たようなものだ。政治家などやるものではないな。軍にいた頃より忙しい。家族サービスが疎かになっていかん」

空港のラウンジでのこと。そこで語り合うのは二人の男。

ゴールドマンとそして、しばらく前に政治家に転身したテオドールだった。

「あなたにとっては確かに至上命題だ。奥方はどうです?」

「隠しているが不安がっているのはバレバレだな。そういうところがまた、いとおしいのだが」

愛妻家で知られるテオドールの言にゴールドマンは苦笑。相手の家庭は相変わらずの円満ぶりらしい。

前置きを挟み、本題に入る。

「今回の件、どう見ます?」

「長引くな。神々としては余計な客には早急にお引取り願いたい。というのが正直なところだろう。私が連中なら門を速やかに始末したがっているところだろうが、はっきり言えばもう手遅れだ。仮に門を閉じたところで、人類は神々の世界の座標も。そして門の建造方法も手に入れた」

「そこまで行きましたか」

「この程度は耳に入る。私にも伝手があるのでね。

まあ実際に建造まで行くには十年はかかるだろう。と言う試算結果はでたが。障害は時間と後はせいぜい、予算くらいのものだ」

ゴールドマンの言葉に頷くテオドール。

「我々がその気になればいつでも土足であちらに上がり込むことができる。人類は永遠に神々を脅かす能力を手に入れた。それは、あちらの世界に致命傷を与えることができる。ということだ」

それは神々も同じだがね、とテオドールは付け加えた。

「かつての冷戦コールドウォーと同じだ。神々はもう、迂闊に地球へ致命的攻撃を実行できなくなった。人類は大量破壊兵器で報復できるからな。同様に、我々もなるべく神々の致命的攻撃を誘発したくはない。結果、ちまちまと限定的な条件で戦闘を続けるしかない」

「だから長引く。と」

「正解だ」

「とはいえ、それは相手を信頼していることが前提になります。自分たちと同じように考えていると」

「たしかにそのとおりだ。だからメッセージを送ることが計画されている」

「メッセージ?」

「ああ。宣伝放送の形だ。あちらの人類は地域ごとに文明レベルがかなり異なるらしい。遺伝子戦争時のゴタゴタのせいだな。なので比較的まだ、高いテクノロジーをこっそり保有している地域もある。ラジオなどの無線機器だ。そこへ送り込む。救助に来た、と」

「それが神々にとっては致命的攻撃を行わないというメッセージになる。と。なるほど」

「連中も、あちらの世界に囚われた人類に下手な手出しは出来なくなる。我々は報復することができるからだ。

こうなればゴールドマンくん。君の功績が役に立つ」

「知性強化動物」

「ああ。第三世代の眷属に対する優位性は実証された。コスト的に眷属に不利でも、性能で圧倒することで解決できる。君の言っていた通りだ。眷属は実際、性能は頭打ちだ。ありていに言えば陳腐化した。人間を使い続ける限りもはや眷属が知性強化動物を上回る日は来ない。

君がこちらに来たのも、これに関連する事柄だろう」

「ええ」

ゴールドマンは頷いた。国連は神々の世界における人類の救援を決定し、それに伴って各国への知性強化動物の増産を要求した。ゴールドマンのような人間は準備と打ち合わせに奔走することとなったのだ。今日ドイツに来たのも、知性強化動物技術に関連する国際会議が急遽開かれたからだった。移動の合間のわずかな時間、こうしてふたりは言葉を交わしているのだ。

「第四世代はいつになる?」

「今のペースなら従来通り。過去の例では一世代におおむね十年かかってますが、第四世代も第三世代から十年程度を経て出現するでしょう。よくも悪くも順調な進歩だ。早めるのは難しい」

「十分だ。先ほども言ったが、この戦争には時間がかかる。無茶をしなければ我々は待つことができるだろう。

もちろん、すべてが我々の勘違いで戦いがあっという間に進行する。と言う可能性もないではないが」

「あんまりよくない傾向だ。そうはならないように祈りましょう」

「全くだ」

告げると、テオドールは立ち上がった。ゴールドマンもそれに続く。

「そろそろ時間だろう?気を付けて帰りたまえ」

「ええ。あなたもお元気で」

ふたりの男は挨拶を交わし、そして別れた。




―――西暦二〇五二年三月十六日、ドイツにて。門が開いて二週間、最初の第四世代型知性強化動物が完成する四年前の出来事。

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