晴れやかな気持ち

「父さん。父さんが作った知性強化動物は、神々の眷属に勝てたよ」


【埼玉県 都築家】


刀祢は、仏壇の前で手を合わせた。

門の開通から既に十数日。開通当日は大変な騒ぎだった。学校は休校となり、多くの商店や会社も臨時休業となった。パニックや買い占めも多発し、政府が統制に乗り出す騒ぎとなったのだ。人々はテレビの前にかじりついて情報を得ようとしていたものだった。地球上の全知的存在が震撼したのである。

それがひとまず収まったのは、国連軍が送り込んだ神格部隊が神々の軍勢。それも二十もの眷属を完膚なきまでに叩き潰した。と言う発表が為されたからだ。死者なし。負傷者若干名とのことだった。奇跡に等しい戦績と言えた。遺伝子戦争期、眷属一体を倒すためにどれほどの犠牲が払われたかを鑑みれば。

刀祢自身、門が開く様子を、固唾をのんで見守っていた。開通した門の向こうからは神々の軍勢が現れず、門の施設は国連軍の手に落ちた。たまたまあの海域に国連軍の演習艦隊がいたのは幸運と言うより他なかったろう。その指揮官は志織であり、はるなも参加しているはずだということを刀祢は知っていた。父の為した仕事は、次の機会に間に合ったのだ。

それを思うと、晴れやかな気持ちだった。

立ち上がる。ネクタイの曲がりを直す。鞄を手にする。ペットボトルが入っているのを確認。昨日までは短縮だったが、今日からは学校は平常授業だ。各国政府も日常を続けるように促している。経済を動かす事こそが現在の状況に対する一番の貢献だと。刀祢も同意見だった。現地で門と向こうの世界を調査中の国連軍が何かを発見し次第、発表されるだろう。それは待てばいい。

リビングを通りかかると、ちょうどテレビでニュースをやっていた。国連事務総長が映っている。モニターの前でテレビの内容を見ているのは相火。

国連としての緊急発表だろう。昔と違って今の国連は神々に対する人類の最高意思決定機関としての意味合いが非常に強い。

発表を聞いているうちに、刀祢の顔色が変わった。

門を開通させたのはあちらの人類であること。彼らは地球に助けを求めていたこと。国連は、あちらの世界の人類の救助を開始するということ。門を開通させた人間たちの代表者の氏名は、都築燈火と言うこと。彼らが遺した手紙の一部の公開。

その文面に、刀祢の目はくぎ付けとなった。

即座にスマートフォンの通話。出ない。相手ははるなだ。冷静に考えれば現地にいる彼女は忙しいだろう。他の手を考えねばならない。

と。

「父さん、どうしたの。やっぱり今のって……」

「ああ。何でもない」

息子へそう答えると、刀祢はひとまずスマートフォンから手を離した。何らかの手段で現地と連絡が取れればいい。手紙の差出人である都築燈火が本当に燈火なのか、それとも同姓同名の別人なのか。

知る機会はすぐやってくるだろう。

「行ってきます」

刀祢は、出勤した。いつも通りに。




―――西暦二〇五二年三月十五日。門が開いて一周間、三十五年ぶりに、都築燈火の消息を刀祢が知った日。

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