犬も喋れば棒に当たる

「人に信じてもらうのは難しい。特に、相手の判断材料が少ない時は」


【樹海の惑星南半球 大陸最南端の村落】


―――こいつは難しいな…

ジョージは大人しく座りながら、思った。

「で?じいさん、そいつらの言うことを信じろって?」

ふたりの子どもたちの祖父―――村長だった―――が至急集めたのは十数人の村人たち。主だった人間を集めたらしい。老人もいるが、その多くは若い。こちらで生まれたか、遺伝子戦争期にはまだ子供だった世代だろう。

「そいつらが俺たちを騙そうとしてないって保証はあるのか」

「こればかりは信じてもらうしかありません。出せと言うなら証拠は幾らでも出すことができますが」

ナダル少佐の言葉も、若者たちの心には響かなかったようだった。それはそうだろう。見たことも聞いたこともない国連軍と支配者として振る舞う神々。彼らからすればどちらも胡散臭い。

「なんで地球に行かなきゃいけないんだ?」

「我々はあなた方を神々から保護することができます。子供を連れ去られる心配をせずに済むのです」

「そう言われてもなあ。どうせ口減らしはしなきゃならねえんだ」

「!」

「子供はほっといても産まれてくる。けどこの寒村を見ろ。なんもねえ。食うもんさえな。神々に子供をくれてやるくらいなんだってんだ。連中に従ってれば色々面倒も見てくれるしな。鉄や薬なんかをくれるんだ。あんたらは俺たちに何をくれる?」

―――なるほど。たった一世代でこうも意識が違う。村長や他の年長者とはえらい違いだ。

やれやれ。と首を振りながら、ジョージは口を開いた。

「今より楽な暮らしを。今の半分の労働時間で、今より美味いものを家族みんな、腹いっぱいに食える。仕事を選べる。今みたいに漁業を続けてもいいし、違う仕事を試してみてもいい。わからない事があるなら1から教えてくれる制度もある。新品で出来のいい服を着れるし、ふかふかの布団で寝れる。神々のくれる薬より有能な医者にかかれる。毎日湯船に浸かって体をきれいにできるし、むしゃくしゃしても妻を殴る代わりにもっと楽しくてワクワクできる娯楽もある。あんたたち、祭りはするかい?音楽は?物語は好きか?」

「あー…あ、ああ。そりゃ年に2回か3回は祭りくらいするが…」

ジョージのことをデカい獣としか思っていなかったのだろう。突然喋り始めたその様子に呆然とする男たち。

「地球でなら毎週、行ける範囲のどこかでお祭り騒ぎだ。それもあんたらのやるようなチンケなのじゃあない。何千人何万人が集まるような催しにすぐ参加できるし、世界一の歌姫の歌声を家にいながら聴くことだってできる。無数の天才たちが作ったいろんな物語を楽しめる。僕なら迷わず地球に移住するけどね」

「そんなうまい話があるわけが―――」

「もちろんそんな簡単な話じゃあない。ここまで人類が進歩するのに二百万年かかった。君たちの先人のなした偉業の成果だよ」

「二百万……!?」

「数字はわかるんだな。安心したよ。君たちを育てた人たちは限られた資源でやれるだけのことをやったらしい。尊敬に値する。

それに引き換え君たちはなんだ。自分のことを情けないと思わないのか」

「なんだと」

「地球は楽園じゃあない。たくさんの人間が働いて、暮らしている。知恵を絞って決まり事を作っている。なるべく多くの人が幸せに生きていけるようにだ。君たちだって村の仲間が困ってたら助けるだろう?僕らもそうだ。地球から連れ去られた人たちを助けに来たのはそれが理由だよ。でももちろんなんでもできるわけじゃあない。君たちと同じ人間に過ぎない。手を差し伸べる事はできるが、断られればそれまでだ。力ずくで連れて行くことはできるが、それでは助けることにはならないからだ」

「…俺達に何をしろってんだ」

「簡単だ。助けを願えばいい。僕らの差し出した手をとり、新天地へ向かうんだ。今ならこの世界で最初に救助された人類、というおまけも付くぞ」

「なんだい、はじめてなのか」

「そうだよ。僕らだってわからないことだらけだ。何しろ世界間の門が開いてからまだ一月も経ってないからな。君たちを助けてうまく行ったところは次に活かすし、失敗したら反省する。そんなもんだ」

ジョージとのやり取りは、男たちの態度を軟化させたようだった。顔を見合わせ、小声で話し合う村人ら。

「……俺は信じていいんじゃないかと思うんだが」「おれも」

やがて結論は出た。

「俺たちを連れて行ってくれ。地球に」

「いいだろう。任せてくれ」

ジョージは頷いた。

いや。

頷こうとして―――振動が走った。

「―――?なんだ?」

男たちの頭に疑問符が浮かんでいる間にも、国連軍の兵士たちは窓に向かいそして空を見上げた。

「!」

彼らが見たのは巨大な、ドラゴーネ。二万トンもある鋼の巨体に槍が突き立とう。と言うまさにその瞬間に遭遇したのである。

破滅的な威力が激突すると、体表面を、醜い傷跡を残しながら飛び去っていく。その後に来た衝撃波は強烈の一言に尽きた。この地方で吹き荒れる暴風を軽く上回る威力が地表を襲い、幾つもの民家の屋根を吹き飛ばしていってしまったのである。戸外に人間がいれば即死していることだろう。

弾き飛ばされたドラゴーネの巨躯はと墜落。村を飛び越えた先の斜面に激突すると、しばらくしてから地響きが伝わってくる。

そこまでを見届けたナダル少佐は、反対方向に視線を向けた。

「―――眷属!まずいぞ」

この段階に至ってようやく彼は、神々が待ち伏せていたという事実を悟った。村人に接触したところで部隊を一網打尽とするつもりなのだろう。

「僕が行く。後は任せた」

「ああ」

天井が消滅して露わとなった夜空を見上げ、ジョージは進み出た。

村人たちの見守る中、彼の周囲を黒い霧が渦巻き、密度を増し、膨れ上がり、そしてした。


  ◇


―――クソっ!油断した。

ドロミテは内心毒づいた。

奇襲に気付いて村と部隊を庇ったところまではよかったが、槍をモロに喰らってしまった。三百トンもある奴を、マッハ二十四で。ドラゴーネの強靭な巨神でなければ死んでいただろう。

。村を挟んで樹海の上に浮遊しているのは、オパールの輝きを放つ武装した女神像。得物は剣と盾。巨大な翼を広げ、顔は深く兜が隠している。生意気な。神様気取りか。

そしてそいつだけではない。遥か右側。内陸部、山側にも敵神が二柱。自分同様のドラゴーネとそしてブラックドッグの巨体がそいつらと格闘戦を繰り広げている。助けは期待できそうにない。

そして。

強烈な一撃がきた。

完全に無時間で伸長してきた多数の攻撃はドロミテの眼前に出現した氷の盾に激突。それらを砕いた上で消失する。いや、やはり無時間で元通りの大きさに縮んだのだ。

それは、夜だった。

漆黒に彩られたそいつは、無数の翼を備えた天使像。五十メートルの巨体が音もなく浮遊し、月光を遮っているのだ。

敵の用いた能力を、ドロミテは知っていた。今は亡き人類側神格ヘカテーが使っていたことで有名な、物体の形状を無時間で変形させるアスペクト。天使像は翼を伸ばして攻撃してきたのだ。原理的に見てから回避することが不可能な攻撃を捌くには、完全な先読みが必要とされる。ドロミテが今、分子運動制御で大気を凝集させた盾のように。

二対一。

不利を承知で身構えたドロミテの眼前で、巨大な霧が吹きあがった。

一瞬後にそこに出現していたのは、四本の足でしっかりと大地を踏みしめ、二本のギザギザな尾を備えた大質量の黒犬ブラックドッグ。ジョージだった。

「すまん。待たせた」

「なあに。体が温まってきたところだよ」

軽口を叩き合う。これで数は互角。

とは言え、ジョージの足元にあるのは村。迂闊に動けば住民が巻き添えとなるだろう。

もちろん、敵勢はそんなこちらの都合などお構いなしに襲い掛かってきた。

ふたりの知性強化動物は、身構えた。


  ◇


一方、地上の人間たちは無策だったわけではない。村人たちは身を小さくしてこの、人知を超えた災難をやり過ごそうとしていたし、二人の国連軍将兵も取れる限りの手段を取っていたからである。

無線機を手に叫んでいたのはナダル少佐。通信相手は今死闘を繰り広げている人類製神格たちにではない。ずっと離れた場所に待機している本隊へと、助けを求めたのである。

返答はすぐに来た。本命の援護はもうしばらくかかるだろうが。

やるべきことを終えた少佐は周囲に動かないよう叫ぶと、自らも伏せた。


  ◇


―――こいつ、手ごわいぞ。

敵の攻撃を捌きながらの、ドロミテの見解である。

夜の天使像が繰り出してくる翼は一発一発は軽い。だがその手数と、何より防御の困難さが厄介だった。このままではいずれこちらがしくじる。早く始末してやりたいところだったが、そうもいかない事情がある。奴のアスペクトには物理攻撃は効かないのだ。使うとすればエネルギー攻撃。ドロミテには強力な重金属粒子砲と言う武器があったが、村を守るために高所をとった今、迂闊に使うわけにはいかなかった。流れ弾の被害が大きすぎる。その点ではジョージも同様、オパールの女神像相手に苦戦していた。

流れが変わったのは、視界の隅に生じたささやかな変化。

その挙動に見覚えのあったドロミテは、敵に近づくのをいったん断念。それがやってくるのを、待った。

一拍置いて飛来したのは、矢。地平線を越えて飛んできた四本の魔弾は天使像の側面に突き立つとその構成原子を励起。プラズマ化し、生じた爆発は天使像を著しく損傷させたのである。

四百キロ以上遠方に待機するフォレッティが放った、援護射撃の威力だった。

生じた隙に。敵のアスペクトが破れた。今なら物理攻撃で殺せる。

振りかぶった槍は、いとも簡単に天使像を真っ二つとする。

敵の死を確認したドロミテは周囲を見回すと、仲間を手助けするべく飛び出した。

戦いは、人類の勝利に終わった。


  ◇


「二人やられました」

「そうか。ご苦労だった」

ナダル少佐は部下の報告に頷いた。あれほどの戦闘にしては被害は少なかったと言えるだろう。何しろ巨神同士の戦闘に巻き込まれたのだから。

樹海に待機させていた知性強化動物たちがうまくやってくれた結果だった。

少佐は周囲を見回した。倒壊した家屋。瓦礫から家族を救い出そうとする人々。

そして、祖父の腕の中ですやすやと眠る、幼い孫たちの姿を。

「村人を助けたら、彼らを連れて速やかに撤収するぞ」

「はい」

部下は頷くと、村人を手助けするべく走り出した。

この日初めて、八十三名の神々に連れ去られた人類が救出されるに至った。




―――西暦二〇五二年。門が再び開いた年の出来事。

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