世界樹vs太陽神

「―――――っ!?」


【二〇五二年三月三日 地球 電離層】


大海原に、巨大な皿が突き立っていた。

縦に刺さったように見える円盤状の構造は門。ふたつの宇宙を繋ぐ超次元構造体はその巨大さと発光から、たとえ低軌道からでもはっきりと見ることができる。大気圏突入中の神格群であっても。

まだ距離はあるにもかかわらず、エトナはその様子に圧倒されていた。

背後には欧州連合所属の神格が総計二十四名。急遽編成された門防衛部隊の増援の第一陣だった。エトナはその指揮官なのだ。神格は弾道飛行で九十分以内に地球上のどこへでも到達できるからこそのスピード感だった。

急速に海面が近づいてくる。減速を開始。豆粒のような物体が多数見えてくる。更に近づいてその正体が知れた。巨神。航空機。大小さまざまな艦艇。艦隊だった。

減速が終了するのと、艦隊の端にたどり着くのは同時。

艦隊からの誘導に従い、エトナらはゆっくりと海面上を飛翔。その先、旗艦の甲板上に見覚えのある人影を見つけて、息を飲んだ。

こちらを見上げてくるのは伝説上の人物。遺伝子戦争では最も多くの神格を撃破し、戦後は知性強化動物の開発に身を捧げ、そして二日前には新たな伝説を打ち立てた英雄。

焔光院志織。人類側神格"天照"が、こちらを見上げていたのである。

エトナは敬礼を返した。自らの拡張身体。青白い金属からなるシカに似た頭部の巨人を操ることで。部下たちもそれに続く。

相手は、それに答礼で答えた。

それは、神格群が旗艦横を通り過ぎるまで続いた。


  ◇


【二〇五二年三月三日 グリニッジ標準時十二時二十三分/

現地時間三月四日五時前 門より東方三万キロメートル地点 宇宙空間】


巨大な大理石の舟だった。

全長五百メートルにも及ぶそれが浮かんでいたのは、真空の宇宙空間。樹海の惑星を見下ろすことのできる高度を、この物体は巡っていたのである。

その主である眷属、ハヤブサの頭部を備えた太陽神ラーは、間もなく攻撃地点に到着することを確認すると、杖を手にした。更には、舟の玉座よりではないか。

五十メートルもの身長を備えた彼とその大理石の舟の周囲には護衛の神格二十九柱。開いてからまだ数日とは経っていない門。神々の管理下にないそれを破壊するために、これほどの数の眷属が動員されたのである。

舳先に立ったラーは、両腕を広げた。間もなく現地では夜明けとなる。人間たちは日が昇るのと同時に知るだろう。神々の偉大さを。

それが知れ渡る機会がないのが残念だった。人間たちは死に絶え、門は閉じるのだから。

メセケテトが霧散していく。それは異なる形態となり、目的を果たすだろう。

急速に"ぼやけ"ていく巨大な質量は、代わりに広域へと拡散。量子論的に存在していながら存在していない状態へと遷移し、そしてすべての準備が整った。

ラーは、杖を振り上げた。


  ◇


【樹海の惑星 門付近 島の門展開施設前】


「慎重に運べ!赤ん坊を抱くようにだ!!」

夜明け前。コールソン軍曹は、部下たちに檄を飛ばした。彼らが施設から運び出しているのはコンテナに詰め込んだ書類の山。それぞれ番号が割り振られている。これをより大型のコンテナに積み込み、地球まで運び出すのだ。向こうでは専門家たちが待ち構えていることだろう。自分たちの役目はいかにこれを無事に送り出すかである。

木々の一部を切り拓いて作られた空き地に設置された大型コンテナの中へと積み上げられていく小型コンテナ。こういうプリミティブな部分は結局のところ人力になる。いわゆるラストワンマイル問題である。

ともあれ、もうしばらくすれば作業は終わるだろう。そうなればさらに施設の調査を行わなければならないだろうが。

そんな時だった。太陽が昇りつつある空が、急に陰ったのは。

「?」

急激な明暗の変化に、多くの者が空を見上げそして———恐怖した。

「―――退避!どこでもいい、隠れろ!!大規模反射鏡アルキメデス・ミラーだ!!」

大規模反射鏡。遺伝子戦争で、人類側神格天照の主武装として猛威を振るった超兵器のそもそもの開発者は神々だ。同種の戦略級神格を保有していても何ら不思議ではない。それによる攻撃の予兆に、コールソンは覚悟を決めた。神々の攻撃目標が、この島そのものなのは明らかだったからである。

光は収束し、そして———

「―――?」

何も起きない。

多くの人間が疑問を覚えたところで、閃光が走った。

見上げれば、門の真上。全高二百四十メートルの大樹が、細く絞り込まれた光を放っていた。

人類製第三世代神格"ユグドラシル"。この最新兵器は、反撃を開始していた。


  ◇


攻撃が何ら効果を発揮していないことに、ラーは疑念を覚えた。

彼が展開したのは大規模反射鏡アルキメデス・ミラー。数千キロ四方に展開した流体の構成原子一つ一つは陽光を反射し、一点へと収束している。それによる圧倒的な破壊力は万物を消滅させ得るはずなのだ。

何万キロメートルも先。地表に降り注いだ陽光は、確かに彼の狙い通りに収束していた。ただ、ラーは知らなかっただけだ。

同様のメカニズムで数百キロメートルもの範囲に偏在するもう一つの流体群が、その第二種永久機関によって陽光のエネルギーを吸収しつつあったことを。

そのエネルギーが、地表近く。門上空に滞空する二百四十メートルもの水晶の樹に集められ、今まさしく再利用されつつあることを。

閃光が迸った。

水晶の樹から伸びる無数の枝の一本から放たれたそれは、巨大な荷電粒子ビーム。細く絞り込まれた強烈なエネルギーはラーの周囲を薙ぎ払い、そしてその軌道上にいた眷属どもがバターのように溶断されていく。

「―――!?」

ラーは攻撃を中断するとメセケテトを再構築。船底を地表に向けて防御の構え。

たちまち地獄絵図となった。水晶の樹が閃光を発するたびに何体もの巨神が両断され、対するこちらに為すすべはない。軌道上を巨大な慣性に支配されるまま巡る彼らに逃げ場などない。反転して地平線の陰へ隠れるなど不可能だった。ラーのように身を守る盾を持たぬ眷属たちはたちまちのうちに餌食となっていく。

閃光が十近くきらめいた頃。護衛の眷属群は全滅していた。

残るは、ラー自身のみ。

一発。二発。強烈な荷電粒子ビームが船底をたちまちのうちにズタズタとしていく。そのペースは先ほどと比較すれば明らかに落ちていたが、それも時間の問題であろう。ラーは知らなかったことだが、反撃のエネルギー源はラー自身の大規模反射鏡アルキメデス・ミラーによって束ねられた陽光そのものだった。その攻撃が途切れた事で、反撃の速度が落ち始めたのだ。

もっとも、それとて気休めに過ぎない。水晶の樹が―――ユグドラシルが代わりのエネルギー源として用い始めていたのは、地表に降り注ぐ自然の太陽光そのものだったから。

船底が破れた。船体がバラバラとなる。ラー自身、投げ出される。

そこへ、荷電粒子ビームが襲い掛かった。

太陽神は両断されると、一拍置いて砕け散った。


  ◇


【同時刻 門】


「凄い―――」

エトナは戦いの一部始終を見ていた。島の防備に当たっている部隊と交代するべく手勢の一部を率いて門を抜けたところで、神々の軍勢による攻撃に遭遇したから。

上空に浮遊する水晶の樹を見上げる。人類製第三世代型神格ユグドラシル。現時点では最新鋭のこの神格は拠点防衛に特化した能力を備える。機動性は劣悪で、近接戦闘能力も皆無だが、こと遠距離での大規模な防衛戦闘では無類の強さを発揮する。と、エトナは聞いていた。たった今それは実証されたのだ。何万キロメートルも離れた敵部隊を、たちまちのうちに全滅させてしまうとは。

エトナは、畏敬の念をもってこの超兵器を見上げた。

人類は門を守り切れるだろう。神々と互角に渡り合うことができるだろう。

その事実を確信し、エトナと配下の部隊は島の防備に加わった。




―――西暦二〇五二年三月四日。門が開いて二日、人類が二度目の門攻防戦を制した日の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る