彼らからの手紙
「燈火くん。あなたは、三十五年間もそちらで生きていたというの?」
【二〇五二年三月三日 グリニッジ標準時十七時四十分/
樹海の惑星側現地時間三月四日十三時 門 地球側旗艦 司令官室】
「戦略級を潰されたのは、連中も肝を冷やしたようです。今のところはこちらの警戒圏の外側をうろちょろしているにとどまっています。散発的な戦闘が発生していますが、深刻な被害が出る前に敵は撤退しています」
参謀の発言に、志織は深くうなずいた。
旗艦の司令官室でのことである。艦隊首脳部が頭を突き合わせて今後を検討しているのだ。直接の上層部に当たる国連安全保障理事会の命令は調査及び門の保持に全力を注げ、だった。状況は明らかになりつつあるとはいえ、まだまだ分からないことが多すぎるから妥当な指示であろう。
「それで、二人目の証言も同じか?」
「はい。ほぼ同じ内容を語っています。人類側神格によって神々が放棄した門が開かれた。自分たちはそれを阻止するために神々が編成した討伐隊に参加していた。人類側神格は不可解な手段で自分を無力化した、と。それとひとつ追加情報を。先ほど三人目が発見されました」
「ほう」
「問題がなければ先の二人と同様の措置で行けるのではないかと。よろしいですか?」
「構わない。今後同様の事例は同じ手順を踏むように」
二人目、とは最初の戦闘があった(らしい)海域で発見された眷属のことである。一人目である哪吒(自称)同様、簡易検査では思考制御が解除されていることが確認されていることから、地球側に移送された。万が一に備えるため、門を抜ける際は薬物によって眠らせる。と言う処置を施している。
「我々は最初に交戦した眷属群。及び二度目の
「しばらくは時間が稼げた、か」
「はい。門及びその周辺環境についての情報収集も進められるでしょう」
「そちらの方は何か進展はあったか?」
「それは私の方から。
門については現状、管制室らしきものを発見しております。マニュアルらしきものが英語及び日本語訳されて棚に収められていました。どうやら門を開通させた人間たちの中に日本人がいるようです。十分な事が判明するまでは門の機能に手出しするなと厳命してあります。資料室にあったぶんについてはコンテナに積み込み終わりました。オーストラリアで受け入れ準備が整いつつあります。次に補給を運んでくる"チェシャ猫"級が持ち帰ります」
「慎重には慎重を期しなさい。貴重な資料だ」
「はっ。
続けます。門周辺の生態系ですが、陸上は基本的に、あちらの世界由来の樹木類だけです。陸棲動物の姿はほとんど見られませんが、わずかに鳥類が確認されています。まだ捕獲していないため何とも言えませんが地球由来の生物種の可能性が高い。一方、海中においては地球のそれと酷似していることが確認されています。環境DNAを抽出したところ、地球上で見られる生物のそれらが発見されたそうです。またサンプルに海中の生物の捕獲を試みたところ、地球の魚類が相当引き上げられたと。門を通じてこちらから流出したものを考慮に入れたとしても、どうやら神々は海洋に地球の遺伝子資源を移植することに成功したようです」
「厨房の冷蔵庫にあったという魚介類もそれか?」
「おそらく。"彼ら"は地球由来の魚介類を糧として、門の修復を行っていたのだと考えられます。この孤島では最も確保の容易な食糧でしょうから」
志織は表情を硬くした。他の者たちも内心同様だったろう。あちらの世界に連れ去られて三十年あまり。自由を取り戻した人類側神格たちがどう扱われるか、想像を絶する。どのような思いで門を修復したのだろう。開通間際の門を守るため、眷属四十五柱もの大軍を相手に戦いを挑む心境はいかなものだったのか。
そして、開通した門を見ることなく姿を消した彼らがどうなったのか。
「……報告は以上です」
「分かった」
志織は少し考え込むと、必要な指示を与えた。細部の確認が終わり、解散。首脳部の人員が退出となった所で。
「失礼します」
連絡してきたのはオペレータのひとりである。
「どうした」
「島の管制室で、有力な手掛かりを発見したとの報告です」
「手掛かり?」
「メッセージです。我々に宛てた」
◇
「それで見ていただきたいのはこちらです」
「……これは」
「手紙です。日本語の」
参謀副官の手によって志織の前に置かれたのは、封筒に収まった手紙。
それを手に取った志織は、内容を読み上げ始めた。
◇
―――地球の皆さま方へ。
僕たちが全滅した時のためにこの手紙を残します。
そんな事がないようにと祈ってはいますが。もちろん、地球の神仏にです。届くといいんですけど。こちらの神々はどう控えめに見積もっても悪魔です。
(ちなみに僕は仏教徒です)
字が汚いのは勘弁してくださいね。僕は小学校を卒業できませんでした。今、四十五歳です。と、言っても二十代の若作りですけど。理由はお分かりですよね?
僕と仲間たちは、三十五年の歳月をかけてこの門を復活させました(この手紙をあなたが読んでいるということは成功しているはずです。失敗して神々が読んでいる可能性は考えない事にします)
理由は、あなた方を呼ぶためです。
僕たちが知る限りの、この世界の状況についての情報とこれまでの経緯について記録を残していきます。
お願いです。
この星には、今あなた方の助けを待っている人々が、数千万人残っています。
僕らが頼れるのはあなた方しかいません。
どうか、どうか彼らを見捨てないで。
◇
「―――っ」
読み終えた志織は、表情を硬くした。今までの疑問の多くに答える内容もそうだし、その内容のあまりの生々しさに打ちのめされたというのもある。しかし、最も衝撃を受けたのは手紙に書かれた彼らの代表者名。六つの名の先頭にあるのは―――
「都築燈火……っ!」
志織はその名を知っていた。恩師の次男であり、遺伝子戦争開戦時に神戸にいて行方不明となった少年。自らが後見人となった刀祢の実の弟。毎年盆には墓参りに行く彼の様子についても。
もちろん同姓同名の別人かもしれない。だが生きていれば、確か四十五歳かそこら。手紙にある年齢と一致する。
しかし、だとすれば。何と言う運命の悪戯なのだろうか。その手紙を最初に読んでいるのが、志織だとは。
内容に最後まで目を通し、志織は一旦手紙を置いた。目を閉じ、しばし物思いにふける。
次に言葉を発したのは、しばらく経ってからのこと。
「この名前、どう見る」
彼女が指したのは、代表者以下の部分にある四つの名前。
参謀副官は、それに応えた。
「ケルトのマイナーな神に、"ウルリクムミの歌"、それに北欧神話、ですな。神々の命名規則が変わっていなければ、おそらく神格でしょう」
そして一番最後。六つ目の名前にも、ふたりは興味を惹かれた。
フランソワーズ・ベルッチ。人類側神格のひとり、モニカ・ベルッチと同じ姓。
代表者を含め、いずれも血判が押されている。彼らの覚悟の表れだったのだろうか。
「血液の分析もしておけ。神格かどうかはすぐわかるはずだ」
「はっ」
そこで副官は、感極まったように、言葉を口にした。
「しかし―――なんという。この手紙が本当なら、たった六人で、三十五年も敵地で……」
「ええ。彼らの犠牲は無駄にできないわ」
頷いた志織は、副官へと必要な指示を与えた。この手紙は然るべき扱いを受ける必要がある。速やかにその内容は国連上層部へと伝達されなければならない。恐らくその内容は全人類に対しても伝えられることだろう。それがどのような反響を引き起こす事になるだろうか。
封筒に改めて収められた手紙を手に、副官が退室しようとしたときだった。
オペレータからの通信が入ったのは。
「どうした?」
「はい。仮死状態の、神格らしき女性を引き上げたと哨戒中の"G"から連絡が」
「四人目か」
「おそらく」
「救護措置を行い、今まで通りに。
ああそれと」
「はい」
「血液検査を。この手紙の血判の中に、該当者がいないか」
最後の一言は副官へと向け、志織は命じた。
―――西暦二〇五二年三月四日。都築燈火の名が再び確認された日、国連が樹海の惑星に生きる人類の救助を決定する一週間あまり前の出来事。
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